その世界観からしか見えないと言うのは避けたい。 | 彩色兼美ーさいしょくけんびー

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生年月日よりわかる【あなたの生まれ持った資質・人生の流れ】鑑定セッションをご提供しております。

私は算命学というものを

使わせていただいております。

 

その体系立てられた知識は

理論的であり

思想を持ち

根っこの太いもの。

 

何年経っても

これで全て制覇しました

とはとても思えないもの

 

その時々で

見えてくるものが違うし

自分の成熟度によって

語ることのできるものも

変わってきます。

 

(その凄さを体感しているので

大勢の方の目に触れる可能性のあるこういう場では

星の具体的な話や算命学的な知識を

とても軽々とは書けない

書ける方は実際10年も20年も

人生を費やして、その結果

とても自信があるか

あるいは真逆で

本当の深さを実感できていないのかななど

慎重な私は感じてしまったり)

 

それくらい

私にとって大切なものになりつつあるのですが

 

それと同じくらいに

この世界観だけで

全てを測ろうとすることは

だいぶ怖いことだよな

とも思っています。

 

算命学を教えることもさせていただき

日々、かなりな時間を費やしてはいるのですが

 

特に、まだ算命学に出会って10年にも満たない場合は

この世界以外のことも

知っておく必要があるように思います。

 

 

それは同じような占術の括りの

他のツールを勉強する、ということよりかは

 

例えば心理学だったり

身体の世界のことだったり

各宗教のことだったり

歴史だったり

文化だったり・・・

 

そういった

全く違う測りで

「人」というものを

見ること。

 

 

それがなされていない場合

なんというか

視野の狭い鑑定になってしまう恐れも

あるのではないかなぁ

とも思うのです。

 

 

 

一つの言葉を語る時

その背景には

何十個何百個の体験や生きる知恵を携えること

 

そのくらいでやっと

そのお相手の人生に

本当の意味で触れることが

できるのではないかな?

 

などなど

我が身を振り返って

内省しつつ

思ったりします。

 

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どれだけ「それふう」に

語ろうとも

身体に響かなければ

それは、体裁の良い言葉にしかならない。

甘い飴玉を

口の中で転がすような

自己満足になってしまう。

 

 

 

私自身は

ご縁あって身体を練るという

稽古を体験できたことは

本当に幸運だったなぁと。。

今になってつくづく思います。

(習っている、という意識ではなく

真剣に人生を賭けているという時間を

過ごせるかどうか、が大事なことかなぁ)

 

そんなことを

つらつら思うゴールデンウィークの最後の日なのでした。