近所に住む94歳の父の介護を向かいに住む兄としています。
毎日のように夕方から浅草のバーに通っていた父が
歩くのが大変になり
家から出なくなったって2年前。
兄と買い物を手伝うようになりました。
父のところに通ううちに
「危ないなぁ」と思うことがいろいろ見えて
それを改善していきました。
古い木造の一軒家に一人暮らしの父は
いつの間にか、2階で暮らすようになっていて
1階の部屋は物置のよう
調理も台所でせず、2階でしていました。
ただでさえ老人に階段は危ないのに
食器やグラスなど割れやすいものをお盆にのせての行ったり来たりはやめた方がいいと思い
2階に食器用の棚を置き
小さな冷蔵庫も買い足しました。
早くに母が亡くなってたあと
家事をしてくれていた祖母が亡くなり
家族の中で女一人の私が家を出てから40年以上
身の回りのことは、父が自分のやり方でしていたのです。
ある日父に
「もうたくさんだ!うんざりだ!」と怒鳴られたことがありました。
父の暮らし方を見ながら
父によいようにと私が変えたことが気に入らなかったようです。
私から見ると「危ない」と感じることを
本人は「自分は大丈夫」と思っているようでした。
こどもは素直に学び、身に着けていく柔軟さがあるけれど
老人はこどものように
新しいことを受け入れること
学ぶことが苦手です。
そして、特に男性は、頑なに自分を押し通そうとするところがあって。
あ~あ、いやになる~!
めんどくせー!
ストレス~
「あなたの安全が確保されるように
あなたのことをよく考えてやっているんですよ
それなのになんで私が怒られなきゃいけないの?!」
報われない~
って感じでした。
この人は「イエスマン」がいいんだなぁと思いました。
自分が言ったことだけをやってくれる人
提案なんか、改善なんかして欲しいくないのではと
介護についての本の中で
長年の空白の後に関わるようになって
「兄弟との関わりなおし、親との関わりなおしの経験だった」
と語っていた人がいましたが、
私もそう感じています。
こちらはもう初老になっていているのに
親は、自分のこどもに対して当然のように親として振る舞う
教えようとしたり
命令口調だったり
そんなところにも私にはめんどくささを感じるのです。
ある日、
あ、私、父に負けてる
子どもの頃の親子関係をひきずっていた
親が上、こどもの私は親の言うことに従う立場
のようになっていたなぁと気づきました。
だまって怒られているばかりではストレスがたまるわ
言い返していもいいんだよね
と、気づいたのです。
思っていることを口にする
言ってみる
どうせ通じないとあきらめずに
言ってみるのも大事かなぁ
と思ったのでした。
コミュニケーションの問題は
話したことからではなく
話していないことから起きる
と、提言している人もいます。
今日は父に
「ねえ、タオルで鼻をかまないで、紙でかんで捨てれば?」と言ってみました。
父はぼーっと前を見て黙っていました。
返事はなく、
考えているような
わかっていないような
また言ってみようと思います。
父が鼻をかんだタオルを水をはったバケツに漬けておいて
まとめて洗うということをしていたのですが
汚くていやだなぁとずっと思っていたのです。
夏になって匂いもひどくなってきて
あ、そうだ話してみようと思ったのです。
この2年間、
「これは父のやり方だから仕方ない」と思ってきたけど
今は、私が洗濯しているのだから
変えてくれないかなぁと今日思ったのです。
父は布で鼻をかむことで「節約」しているつもりなのだと思います。
でも、水も使う、洗剤も使う、洗濯機の電気も使います。
森林資源は守れるし、ごみは減るのは確かです。
私はエコ派ですが
気持ちの負担ってある。
女性って、相手に「沿おう」としてしまうところがありますよね。
サポーティブな女性はなおさらです。
人の世話ってエネルギーがいるなぁと思うのです。
自分のやり方でやる方がずっとラクです。
自分が人のことばかり考えていることに気づいたのは10年ほど前、もう50歳をすぎてのことでした。
あるセラピーの先生とのやりとりで
「私、8割くらい人のこと考えていました。あの人はどうしているかなぁとか、いろんな人に興味を持ったりして」って気づいたんです。
それまではそれが自分の「当たり前」で気づきませんでした。
そして、その後夫ともうやっていけない気持ちになり
改めて「ああ、私、人の世話ばっかりしてきた。もうやだ~。」と思ったのです。
なのに、その2年後に父の介護が始まりました。
また人の世話か~
今度は結婚のように解消できない「親子」の関係です。
そんな背景があるので
私の体調がよくない時などには
「こんなこといつまで続くんだろう。早く終わって欲しい」
と思ったりします。
だからと言って、父にいじわるしたり、殺しちゃうわけではないので、そう思っても「当然」と「罪悪感」を持たないようにしています。
ガンになって終末期に自宅で夫の面倒をみた妻が
「もう死んでくれと思うこともあった」と自らの著書に書いていたのを読んで私はとても救われました。
そう思ってもいいんだよねって。
それは「自分の苦しさ」の表れですよね。
そのことを世話をしている人も自覚していると思うのです。
10年間介護をして
「もう逃げたいと思った。その頃のことはあまりにしんどくてよく覚えていない」と言っている人もいました。
老人の世話を自分の「人生の中心」に据えるのは違うと思っています。
世話をされる人だって、世話をしてくれる人を大事に思うなら、そんなことは望まないはずです。
私も自分の子どもに、子ども自身の人生を大切にして欲しい。
負担になるようなことをして欲しいとは思いません。
すぐ一生懸命になってしまう私なので
自戒の意味で「ほどほどの介護」を心がけるようにしました。
そうでないと続かないですしね。
「共倒れ」にならないようにと何度も介護のセンターの人に言われました。そういう人たくさんいるんでしょうね。
介護する人が元気でいること、大事ですよね。
そのためには、
一人で抱えずに人の手を借りることが大事
だとよくわかっていました。
子育ての時、
いつのまにか一人で大変さを背負ってしまったので、
親の面倒をみるときには、
絶対に一人で背負わないと決めたのでした。
ですが、父は、介護の人に手伝ってもらうことも
介護の認定を受けるための医師の受診も頑なに拒み続けました。
いくら話してもダメで
「ほっといてくれ!自分でわかる!それなら来るな!」
一人ではもう生活できないことを認めない父に嫌気がさしました。
のどまででかかりましたよ
「自分でできないくせに!誰がやってると思ってるの!」って
理不尽なことで怒られるのは腹立ちますよねぇ
でも、私は介護認定を受けて、介護の会社とつながりたかったので、最終手段でだますように、医師が来る30分前に
「今日、これから先生が来るから」と父に告げて受診してもらいました。
病院に行ってレントゲンをとらなければならなかったのですが、それは医師の方から伝えてもらいました。
父は医師には反発しませんでした。
でも、検査に付き添った病院で私に
「もう帰る!お前のせいでさんざんな目にあった」と怒っていました。
それで、どうにか介護認定を受け、
今は週に1回、1時間だけ手伝いに来てもらっています。
ここでまた困ったことが
父が介護の人に会うこと
身の回りの世話をされることをいやがるのです。
なので、もう10回くらい来てくれているのですが
一回目のあいさつの後に父が怒っていたので
その後会ってもらえていません。
「ん~これは父に私が負けているってことだね。
これからもっと手助けが必要になっていくはず。
受け入れて、慣れてもらわないと困る」と思い
次回、父に会わせることにしました。
すごく良い人柄の女性で、
私はラッキーと思っているのです。
父はなぜそんなに誰にも会いたくないのでしょうか
うつのせいかもしれません。
介護している娘さんから
母親はデイサービスに特に行きたいわけではないけれど
自分が行くと娘が助かるのを感じて行っているという話を聞いたことがあります。
こどもが負を引き受けて頑張っているのですから
親の方も多少は負を引き受けて欲しいものです。
お互い、折り合いをつける地点を探すことは大事ですよね。
スピリチュアルガイドに
「今は、父親の看取りの時期」と言われたことがありました。
最期の関わりであることは間違いありません。
父は与えて与えての人だったので
受け取ることをしないとこの人はこの人生を終われないのではないかなぁと以前から思っていました。
今、それをしている父です。
最初はなかなかでしたが
3年目になり、体も頭もより弱って
受け取ることが少しずつできるようになってきた感じがあります。
兄にまだ話していないのですが
私は秘かに
兄が父のことを手放したら
父はこの世を去れるのではと思っています。
父は生きていても何もいいことはない
生まれてきたくなかったとよく言っていました。
でも、生きている
それは受け取ること
そして、兄が父に生きていて欲しいと
こちらの世界にひきとめているのではないかと私は感じているのです。
兄は私以上に父思いな様子で
前世で夫婦だったのかな なんて思うほどです。
女房役みたいな感じで
親の老いに関わり始めて2年が過ぎましたが
こうして振り返ってみると
私もだんだんと慣れてきたのかな
わかってきたのかなという感じです。
まだ自分は歩いたことのない道だから
年おいて弱った人の気持ちをわかりきることはできませんが
父との関わりや思ったことなど
まだいろいろあるので
また書きますね
読んでくださった方、ありがとうございました。
東京は、コロナに加えて猛暑で
生き延びるだけで精一杯の私ですが
日々心明るくいたいなぁと思っています。
では、また~