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365日希望をもたらす天使の教え

スピリチュアルガイド(ティーチャーガイド)から自動手記で受けとった愛と希望のメッセージをお届けしています。

 

 

 

浮気をされた女性が


「この人とって思って結婚したのに…」と涙して悲しんでいた。

もやもや相談室というテレビ番組でのこと。
回答者である三輪明宏さんは

「人生ってそういうもんなんですよ」と言った。
「苦しいことがいっぱいあって、楽しいことは少ないんです。」と。

 

 

「人生ってそういうもの」という受け入れ。

 

心理学者が

「事実さま」

と言っていたけれど、同じことだ。

 

こういうのイヤだ
 

こういうのヒドイ!間違ってる!

 

と思う。感じる。

 

この世界は「間違い」だらけで
「問題」だらけで

「間違っている人だらけ」だ 笑

 

2024年4月2日に石川県の白山ひめ神社に行った。

そのお庭である「白光苑」で

とろけるような「至福」を感じた。

 

「我」がなくなり

「私 息している?」という状態だった

 

ただ ただ至福を感じていた。
十年分くらいの幸せを受け取った。

 

その至福のただ中で

「日常の私は思考の奴隷になっている」

とヒラメイタ

 

そんな私の「正しさ」なんて

単なる正しさなのだ。

 

それにしがみついていると

それを元に間違っているものを見つけ出し

嫌悪感を覚え、否定する。

 

そういうことを人を

好きにならなくてもいいけど

そういうことが自分に起こっているだとわかれば

 

人間ってどうもこういうものらしい

 

事実、ここにそういう人がいる

 

世の中ではそういうことが起こる

 

人間の内にはそういうものを抱えているからそうなるんだな

 

と、

「ただ」観察できる。

 

そこに正しさのモノサシから来るジャッジをせず。

 

 

私は、元夫を間違っていてダメな人にした。

全面的に否定しようとした。

 

でも彼は、私に幸せな時間もたくさんくれたし、

幸せなこともたくさんあった

 

別れるにあたって

最後の苦しかった時のことだけが大きく私の心に焼き付いた。

 

私はそうすることで、彼から距離を置き続けた。

 

もう二度とだまされてはいけない。

また巻き込まれてしまう。

 

愛することが怖くなり、

人と近づくことがうとましくなった。

 

 

白山ひめ神社の旅から

夫のことも

仲良くしていたのにちょっとしたことで私に激怒して縁が切れた友人のことも

 

「どーーーーでもいい」

 

と思えるようになった。

 

きっと視点が高くなったのだと思う。


神様はもっと高い視点で人間の過ちも愚かさも

大いに許したいらっしゃるのではないかと感じた。

 

私はまだそこまでいかないけれど

でも、ちょっと視点の階段をあがって

違う景色が広がった気分だ。

ラクだ。

 

とらわれていないって

受け入れられるって

 

この4年間、

家で介護した父の老いは

「受け入れざるを得ない現実」を

日々私につきつけてきた。

 

だんだん酷くなっていく状況や

改善できない出来事の連続に

私は

「現実を受け入れるしかない」

ということを体で学んだ。

 

変えられないものってあって

正せないことってある

 

傷つくしかないことってあって…

 

「傷つきながら生きていくものなのだ」

 

と、今朝気づいた。

 

「傷ついた」

元夫とのことでよく思った。

 

「あの人は私のことをたくさんたくさん傷つけたひどい人」と。

 

でも、それは私に限ったことではなく

 

生きていれば

心に傷はつくものなのだなぁ

 

傷つきながら生きていく

 

それが人生なのですね

 

それを受け入れるしかないのですね

 

そうなのだから

 

*********************

 

私は私の正しさを手放す

自分を自由にするために

 

この世界で生きていくということは

傷つくということ

それは仕方のないこと

 

人間は愚かで弱いから


だから心の傷を癒し 癒し 癒し

傷つきながら生きていこう

この私と

 

 

 

 

 

神の島 沖縄県 久高島のカベール岬に行った

ちょうど皆既月食の日だった

 

カベール岬は、

沖縄をつくったと言われているアマミキヨさまが降臨した地

琉球国王も巡礼したといわれる久高島

 

過去の重さを全部とってもらったと感じた

甦りの地で私はみごとに甦らせてもらった

 

 

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カベール岬はこの道の先にある

 

カベール岬で広がる海に向かい

大きな声でたくさん叫んだ

 

叫び続けるうち

最後には

 

ありがとう

 

しか出て来なかった

 

ありがとうー

ありがとー

ありがとー

 

何度も叫んだ

涙があふれてきた

 

砂の上ではだしになったら

踊り出した

口から自然に歌が出てきた

 

エサエー

エサエー

さあ さあ さあ さあ

 

初めて歌う歌だった

手の振りもついていた

 

歌い踊るうち

心がどんどん軽くなって

軽くなって

軽くなって

 

自然に笑顔になっていた

 

カベール岬に向かう途中

到着10分前くらいの私の顔と

カベール岬で軽くなった私の顔

 

使用前、使用後でわかりやすいから

友人たちにカベール岬の体験を知らせるのに見せている

 

使用前

 

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使用後

 

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ここは遊泳禁止の聖地

 

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「2016年に地球のお仕事終わり」と感じ

うちゅうてんし

と聞こえて

セッションの仕事を減らしていった

 

離婚したり

最愛の息子が一人立ちしたり

コロナを恐れるあまりコロナうつになったり

父の介護が始まったり

いろいろあった

 

だんだん元気になってきたけど

抜けそうで抜けきれない私だった

 

以前のような気力がない

エネルギーが足りない自分を感じ続けていた

 

でも、久高島に行って

カベール岬に行っただけで

 

完全に抜けた!

 

と感じることができた

 

その元気さは東京のいつもの生活に戻っても続いた

 

周りの友人たちに

「羽が生えているようですね」
「よく動いていますね」

と盛んに言われるほどに

 

動けば動くほど

私は私らしく元気になっていった

 

そして、出会った占い師に言われた

 

「あなたは行動型です。

ガシガシ動いてください。

動けば動くほど生きている感じがします。」

 

そう!それ!

動いていると生きている感じがする!

まさに!

 

あまりにありがたいアマミキヨさまからの恩寵だったので

お礼参りに行くことにした

 

春分の日に

行ってみたいという友人とともに

 

これが2回目の訪問のカベール岬

 

今度は風をたくさんじた

気持ちよかった

 

 

自由になっていい

いくらでも自由になっていい

 

そう聞こえた

 

 

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2度目に行った時には

カベール岬に近いこのあたりから

エネルギーがすごく明るくなるのを感じ

ワクワクした

 

ここは、アマミキヨさまのエネルギーを受け取ることができるカベール岬への「参道」なんだと感じた

 

自転車をこぐスピードが

自然に早くなっていた

 

 

久高島に向かう日の朝

浜比嘉島のホテルから日の出

美しかった

 

「龍の目のよう 朝日が」

友人が言った

 

 

 

 

1度目の訪問の時に口から出てきた歌を撮った
 
 

 

久高島のことは、行くことに決めるまで全く知らなかった

 

2022年9月30日に

友人のオイルヒーリングを受けた

すっかり癒されたその最後に

島々を上空から見下ろしていた

 

セッションが終わって

セラピストの友人にそのことを伝えると

 

「私もとしえさんが海の前で大きく手を広げて

爽やかでしかないという笑顔でいるのが見えました」

 

と言った

 

開放された時には海がいいよね

 

沖縄がいいかな

と調べているうちに

久高島の情報が出てきて

 

沖縄の中でも特別な島で

琉球国王も巡礼した

 

とあり、興味を持った

一人で行くにも本島からわずか15分程度で行きやすい

ここに行きたい

 

すぐに飛行機とホテルの手配をした

 

カレンダーを見て

この日がいい

そう決めた

 

あとからその日が皆既月食の日だと知った

すごいタイミング

 

お招きいただいたことに感謝

 

カベール岬に向かう日の朝夢を見た

目覚める直前の夢は示唆的なことが多い

 

私は水の上に浮かぶ板の上に立っていた

おじさん2人が私から少し離れたところにいて

「そこは不安定だよ」

と注意された

 

その直後に板が傾き

私は深い水の底に沈んでしまった

 

このまま誰も助けにこないのか

私はこのまま死ぬのか

 

と思った

 

その時、視線を移すと

少し離れたところに何人かの人影が見えて

水上に伸びている階段を見つけた

 

私はその階段へと向かい

水からあがることができたという夢

 

久高島の「小やど さわ」に泊まっていたのは

私のほかには女性2人連れだけだった

 

そのうちの一人は

過去生でシャーマンをしていた女性だった

 

彼女に夢の話をすると

「生まれ変わったってことですね」

と一言

 

その後、カベール岬に行った私は

みごとに生まれ変わったと感じている

 

2度目の訪問で

オイルヒーリングをしてくれた友人の見たことが

本当になっているね

 

 

 

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一緒に行った友人も

カベール岬で涙が流れ

長年の確執のあった親に感謝の思いが生まれたという

そして、

安心感に包まれるようになったと

 

カベール岬

アマミキヨさまの恩寵

すごい

すばらしい

 

私はこの春にまた

アマミキヨさまゆかりの地

「ヤハラズカサ」

を訪れることにしました

なんだか気になるので

 

ここもまた

アマミキヨさまが降臨したと言われる地です

 

2度目の訪問の時には

アマミキヨさまのお墓にも伺いました

シルミチューにも

 

沖縄は「陽」のエネルギーを与えてくれます

 

まさに「風の時代」に必要なエネルギーです

より軽やかに

より自由に

より自分の心のままに生きるために

 

私の周りのスピリチュアルな人たちは今

南の島を訪れている人が多いです。

 

原初的なものが島には残っていて

パワフルなのだと思います。

 

また沖縄に行くのが楽しみです。

 

次回は、那覇市内のやちむん通りも楽しみたいと思っています。

 

ブログを書くのはもう終わりかもしれません。

 

身近な人との幸せを大事にしているこのごろです。

 

本はまた作ります

 

「愛の教科書 乗り越えながら生きていく」

 

という題で

 

「愛を与えて生きる」

と決めた25歳からの

愛から選択して生きてきた学びの集大成として。

 

フェースブックは書くことの好きな私の喜びとして

これからも続けていくと思いますので

よかったらのぞいてください。

 

おつきあいくださった皆様

ありがとうございました。

 

私にこのブログで出会ってくださったあなたのお幸せを

心から祈っています。

 

愛から選択して

乗り越えながら生きていきましょうね

 

地球生活を楽しもう!

 

おしまい

 

 

 

 

 

 




近所に住む94歳の父の介護を向かいに住む兄としています。

 

毎日のように夕方から浅草のバーに通っていた父が

歩くのが大変になり

家から出なくなったって2年前。

兄と買い物を手伝うようになりました。

 

父のところに通ううちに

「危ないなぁ」と思うことがいろいろ見えて

それを改善していきました。

 

古い木造の一軒家に一人暮らしの父は

いつの間にか、2階で暮らすようになっていて

1階の部屋は物置のよう

調理も台所でせず、2階でしていました。

 

ただでさえ老人に階段は危ないのに

食器やグラスなど割れやすいものをお盆にのせての行ったり来たりはやめた方がいいと思い

2階に食器用の棚を置き

小さな冷蔵庫も買い足しました。

 

早くに母が亡くなってたあと

家事をしてくれていた祖母が亡くなり

家族の中で女一人の私が家を出てから40年以上

身の回りのことは、父が自分のやり方でしていたのです。

 

ある日父に

「もうたくさんだ!うんざりだ!」と怒鳴られたことがありました。

父の暮らし方を見ながら

父によいようにと私が変えたことが気に入らなかったようです。

 

私から見ると「危ない」と感じることを

本人は「自分は大丈夫」と思っているようでした。

 

こどもは素直に学び、身に着けていく柔軟さがあるけれど

老人はこどものように

新しいことを受け入れること

学ぶことが苦手です。

そして、特に男性は、頑なに自分を押し通そうとするところがあって。

 

あ~あ、いやになる~!

めんどくせー!

ストレス~

 

「あなたの安全が確保されるように

あなたのことをよく考えてやっているんですよ

それなのになんで私が怒られなきゃいけないの?!」

 

報われない~

って感じでした。

 

この人は「イエスマン」がいいんだなぁと思いました。

自分が言ったことだけをやってくれる人

提案なんか、改善なんかして欲しいくないのではと

 

介護についての本の中で

長年の空白の後に関わるようになって

「兄弟との関わりなおし、親との関わりなおしの経験だった」

と語っていた人がいましたが、

私もそう感じています。

 

こちらはもう初老になっていているのに

親は、自分のこどもに対して当然のように親として振る舞う

教えようとしたり

命令口調だったり

そんなところにも私にはめんどくささを感じるのです。

 

ある日、

あ、私、父に負けてる

子どもの頃の親子関係をひきずっていた

親が上、こどもの私は親の言うことに従う立場

のようになっていたなぁと気づきました。

 

 

だまって怒られているばかりではストレスがたまるわ

言い返していもいいんだよね

と、気づいたのです。

 

思っていることを口にする

言ってみる

 

どうせ通じないとあきらめずに

言ってみるのも大事かなぁ

 

と思ったのでした。

 

コミュニケーションの問題は

話したことからではなく

話していないことから起きる

 

と、提言している人もいます。

 

今日は父に

 

「ねえ、タオルで鼻をかまないで、紙でかんで捨てれば?」と言ってみました。

父はぼーっと前を見て黙っていました。

返事はなく、

考えているような

わかっていないような

また言ってみようと思います。

 

父が鼻をかんだタオルを水をはったバケツに漬けておいて

まとめて洗うということをしていたのですが

汚くていやだなぁとずっと思っていたのです。

夏になって匂いもひどくなってきて

あ、そうだ話してみようと思ったのです。

 

この2年間、

「これは父のやり方だから仕方ない」と思ってきたけど

今は、私が洗濯しているのだから

変えてくれないかなぁと今日思ったのです。

 

父は布で鼻をかむことで「節約」しているつもりなのだと思います。

でも、水も使う、洗剤も使う、洗濯機の電気も使います。

森林資源は守れるし、ごみは減るのは確かです。

 

私はエコ派ですが

気持ちの負担ってある。

 

女性って、相手に「沿おう」としてしまうところがありますよね。

サポーティブな女性はなおさらです。

 

人の世話ってエネルギーがいるなぁと思うのです。

自分のやり方でやる方がずっとラクです。

 

自分が人のことばかり考えていることに気づいたのは10年ほど前、もう50歳をすぎてのことでした。

あるセラピーの先生とのやりとりで

 

「私、8割くらい人のこと考えていました。あの人はどうしているかなぁとか、いろんな人に興味を持ったりして」って気づいたんです。

 

それまではそれが自分の「当たり前」で気づきませんでした。

 

そして、その後夫ともうやっていけない気持ちになり

改めて「ああ、私、人の世話ばっかりしてきた。もうやだ~。」と思ったのです。

 

なのに、その2年後に父の介護が始まりました。

また人の世話か~

今度は結婚のように解消できない「親子」の関係です。

 

そんな背景があるので

私の体調がよくない時などには

「こんなこといつまで続くんだろう。早く終わって欲しい」

と思ったりします。

 

だからと言って、父にいじわるしたり、殺しちゃうわけではないので、そう思っても「当然」と「罪悪感」を持たないようにしています。

 

ガンになって終末期に自宅で夫の面倒をみた妻が

「もう死んでくれと思うこともあった」と自らの著書に書いていたのを読んで私はとても救われました。

そう思ってもいいんだよねって。

 

それは「自分の苦しさ」の表れですよね。

そのことを世話をしている人も自覚していると思うのです。

 

10年間介護をして

「もう逃げたいと思った。その頃のことはあまりにしんどくてよく覚えていない」と言っている人もいました。

 

老人の世話を自分の「人生の中心」に据えるのは違うと思っています。

世話をされる人だって、世話をしてくれる人を大事に思うなら、そんなことは望まないはずです。

 

私も自分の子どもに、子ども自身の人生を大切にして欲しい。

負担になるようなことをして欲しいとは思いません。

 

すぐ一生懸命になってしまう私なので

自戒の意味で「ほどほどの介護」を心がけるようにしました。

そうでないと続かないですしね。

 

「共倒れ」にならないようにと何度も介護のセンターの人に言われました。そういう人たくさんいるんでしょうね。

介護する人が元気でいること、大事ですよね。

 

そのためには、

一人で抱えずに人の手を借りることが大事

だとよくわかっていました。

 

子育ての時、

いつのまにか一人で大変さを背負ってしまったので、

親の面倒をみるときには、

絶対に一人で背負わないと決めたのでした。

 

ですが、父は、介護の人に手伝ってもらうことも

介護の認定を受けるための医師の受診も頑なに拒み続けました。

 

いくら話してもダメで

「ほっといてくれ!自分でわかる!それなら来るな!」

 

一人ではもう生活できないことを認めない父に嫌気がさしました。

のどまででかかりましたよ
「自分でできないくせに!誰がやってると思ってるの!」って

 

理不尽なことで怒られるのは腹立ちますよねぇ

 

でも、私は介護認定を受けて、介護の会社とつながりたかったので、最終手段でだますように、医師が来る30分前に

「今日、これから先生が来るから」と父に告げて受診してもらいました。

 

病院に行ってレントゲンをとらなければならなかったのですが、それは医師の方から伝えてもらいました。

父は医師には反発しませんでした。

 

でも、検査に付き添った病院で私に

「もう帰る!お前のせいでさんざんな目にあった」と怒っていました。

 

それで、どうにか介護認定を受け、

今は週に1回、1時間だけ手伝いに来てもらっています。

 

ここでまた困ったことが

父が介護の人に会うこと

身の回りの世話をされることをいやがるのです。

 

なので、もう10回くらい来てくれているのですが

一回目のあいさつの後に父が怒っていたので

その後会ってもらえていません。

 

「ん~これは父に私が負けているってことだね。

これからもっと手助けが必要になっていくはず。

 

受け入れて、慣れてもらわないと困る」と思い

次回、父に会わせることにしました。

すごく良い人柄の女性で、

私はラッキーと思っているのです。

 

父はなぜそんなに誰にも会いたくないのでしょうか

うつのせいかもしれません。

 

介護している娘さんから

母親はデイサービスに特に行きたいわけではないけれど

自分が行くと娘が助かるのを感じて行っているという話を聞いたことがあります。

 

こどもが負を引き受けて頑張っているのですから

親の方も多少は負を引き受けて欲しいものです。

お互い、折り合いをつける地点を探すことは大事ですよね。

 

 

スピリチュアルガイドに

「今は、父親の看取りの時期」と言われたことがありました。

最期の関わりであることは間違いありません。

 

父は与えて与えての人だったので

受け取ることをしないとこの人はこの人生を終われないのではないかなぁと以前から思っていました。

 

今、それをしている父です。

最初はなかなかでしたが

3年目になり、体も頭もより弱って

受け取ることが少しずつできるようになってきた感じがあります。

 

兄にまだ話していないのですが

私は秘かに

兄が父のことを手放したら

父はこの世を去れるのではと思っています。

 

父は生きていても何もいいことはない

生まれてきたくなかったとよく言っていました。

でも、生きている

それは受け取ること

そして、兄が父に生きていて欲しいと

こちらの世界にひきとめているのではないかと私は感じているのです。

 

兄は私以上に父思いな様子で

前世で夫婦だったのかな なんて思うほどです。

女房役みたいな感じで

 

親の老いに関わり始めて2年が過ぎましたが

こうして振り返ってみると

私もだんだんと慣れてきたのかな

わかってきたのかなという感じです。

 

まだ自分は歩いたことのない道だから

年おいて弱った人の気持ちをわかりきることはできませんが

 

父との関わりや思ったことなど

まだいろいろあるので

また書きますね

 

読んでくださった方、ありがとうございました。

 

東京は、コロナに加えて猛暑で

生き延びるだけで精一杯の私ですが

日々心明るくいたいなぁと思っています。

 

では、また~