読了。

ものすごく時間がかかった。

「流れる」を読んで、幸田文のエッセイも読んでみたいと思い、図書館で1993年発行単行本のものを読んだ。

 

季節のかたみ  (著)幸田文

 

**メモ**太字部分は本書からの引用である。

 

八十過ぎのお婆さんに「ぼけの皮」というものを教えてもらったそうだ。

 

この皮は、着脱自在の皮で、「まわりの人たちに、老人にはこたえる仕事をいいつけられたり、嫌なことを強いられたりしたとき」に「ぼけの皮」をかぶっておくとあたり障りなくすみ、「呆けたとあなどられ、いい加減にされそうな時」はこの皮を脱ぐと良いらしい。

 

深いねえ…。

 

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仮り住みをすることになり、「身のまわり最小限のもの」を持って移動したそうだ。

 

寝具や鍋は現地で整えることとして、

「机の上のもの少々、着がえひと通りと雨の支度、使いなれた湯呑、ごはん茶碗、小皿二、三枚、行ってすぐの間に合うようにとお茶とか海苔とか若干の食品、それに替えの履物二足といった荷物」

 

デパートの紙袋4つに入ったらしい。

 

私にとって「身のまわり最小限のもの」は果たしてどのくらいあるだろうと思った。現在、比較的大きなディスプレイのデスクトップパソコンを使っているおり、もうそれだけでかなりの荷物。しかし、これが無いと…。

 

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親(とのみ書いてあったが、恐らく幸田露伴)からの助言として「明敏でない頭脳を恥じていた時、機械は静かに使っていると、そのうち案外よく動きだすものだ、頭は天然の機械だからな、人並みには動くだろうよ」

 

私も、もう暫く、この頭という機械を静かに使っていくこととする。

そのうち、よく動くようになるだろうか。

「静かに使う」のがポイントのような気がする。

 

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処世術について。

 

「重荷に小付の、小付は遠慮なく切捨てること」

 

「重荷に小付」とは?検索してみると「重い負担がある上に、さらに負担が加わることで、「小付」は、大きな荷物の上に乗せる小さな荷物のことらしい。

 

何を「小付」と判断して、それを「遠慮なく切捨てる」のは難しいよねえ。

 

「心の縛られるとき、目を閉じて、真珠の美、鳥の自在、いで湯のうるおいを観じて、気を変える」

 

真珠、鳥、いで湯のセレクトが何とも良い感じである。そして、「観じ」るの「観じ」も良いよねえ。

 

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「手に負えないことや、始末のわるいものには、よく使う手」として、

 

「抜け出すための方法として、静かに放置することと、時間に嚙ませれば、余饒なものはひとりでに消える」

 

うむうむ。「静かに放置」と「時間を噛ませる」。これに尽きるかも。

 

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美味しいものの記録。

 

「但馬屋珈琲店」に入った。

近頃、喫茶店でサンドイッチを食べることに凝っている。

 

「但馬牛のサンドイッチ」

 

惜しげもなく、甘辛い味付けの牛肉が入っていてボリューミーであった。

 

 

私はこのコーヒーカップ・ソーサーに注目。

有田焼「円左ェ門窯」製のオリジナル。オンラインショップで求められるようだ。

気になる。

 

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「いちご大福と茶菓のお店 あか」の「akasand クッキー缶」

 

 

たいへん柔らかな、美味しいクッキーだった。