読了。
本書は、現在の埼玉県行田市、忍藩の下級武士である尾崎石城による『石城日記』という絵日記の解説書である。日記の挿絵は、カラー写真で紹介されており、きれいで分かりやすい。
この『石城日記』は、2017年に根津美術館で催された「やきもの勉強会 食を彩った大皿と小皿」展で知った。
新訂 幕末下級武士の絵日記 (著)大岡敏昭
尾崎石城は29歳にして、咎めにより、妹の夫に家督を譲り、隠居生活を送っている。
この日記は、隠居生活中に書かれたもののようだ。
石城は独身で妹家族と同居し、近隣の寺を訪問したり、下級武士仲間との交流の様子が書かれていた。
本書に「江戸時代の武士は台所に入って料理をつくり、そのことを結構楽しんでいた」と解説されていたが、石城の日記には、自ら調理する様子、又、手料理によりもてなされた様子が書かれ、実にたくさんのお料理が登場する。
自宅での食事として、著者が日記からまとめたところ、「里芋、大根、葱、菜、まめ、午房、などの野菜が多いが、しじみやいわしなどの魚介も結構食べている。」とのことである。しかし、「多いのは豆腐である。」とのことで、秋冬は湯豆腐にしていたようである。
先だって読んだ『イラストでよくわかる 江戸時代の本』で紹介されていた「八杯豆腐」が、日記にも登場し、「水四杯、醤油二杯、酒二杯の割合でつくった汁で拍子木に似たかたちの豆腐を煮る」とあった。私がネットで調べた割合とは違うが、醤油と酒で味をつける拍子木切りにした豆腐の煮物であるよう。江戸時代の庶民の人気料理だったようだ。
下級武士である石城は経済的に豊かとは言えず、3食を茶漬けだけで済ますこともあったようだが、なかなかバラエティーに富んだ食事をしている。
また、石城は実によく武士仲間や寺などを訪問し、もてなしを受けていた。その食事の内容がなかなか豪華なのである。
奥山という中級武士宅では、「芹したし(芹のおひたし)、大根里芋煮附、酢たこ、鶏ねき鍋、ふりさしミ(ブリの刺身)、ゆとうふ、からし茄子、きくえ、人参」が供されたようだ。
同じく中級武士の青山宅では、「雉子鳩(山鳩)、松茸、三ツ葉、吸物、煮魚1皿、鶏午房いりつけ(鶏とゴボウの炒り付け)、菜玉子とち(菜の入った煮物に卵を溶いて流した料理)、湯とうふ、稲荷すし、すしいろいろ」。
松茸!にも驚いたが、調理方法もいろいろで、それにも驚く。
この石城、40歳で咎めを許され、藩校の教頭になり、その後、中位の役人となり、48歳で没したようである。
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現状を鑑みて、外食をひかえている。
ケーキ屋さんの前を通りかかると、ふと購入してしまうのであった。
とか。
とか。
自宅で、ゆっくり食べても美味しいが、素敵なインテリアの店内で食べるのも格別だよなあと思う。
この状態がはやく収束しますように・・・。

