日曜日に読了。


読書ブログのはずが、最近は読書ネタが少ない、なぜか、実はずっと本書を読んでいた。


清陰星雨  (著)中井久夫

清陰星雨/みすず書房
¥2,700
Amazon.co.jp

本書は1990年から2001年まで「神戸新聞」に3か月ごとに掲載されていたコラムに、新たにサブテクストをつけてまとめられたものである。2002年の発行。


このサブテクスト部分が非常に興味深い、例えば連載時に中国からの留学生として来日していた学生が、「2002年現在、『彼』は47歳にして一流の中医薬科大学の副学長である」と後日談があるのは、こちらの好奇心を満たしてくれる。


☆本書からのメモ☆ 太字部分は本書からの引用である。


科学や経済用語では日本製の漢語がいっぱい中国語に入っている。和製の漢語を採用しつづけるかどうかで論争があって、毛沢東が「よい」という判定を下したように聞いている。向ソ一辺倒と言いながら、中国語のアルファベット表記に、ロシア文字でなくてラテン文字を選んだのも彼の決定だったと記憶する。彼の壮年期の現実主義的な側面である。


この「中国語のアルファベット表記」は、発音記号(ピンイン)のことだろう。

確かに、これがキリル文字だったら、中国語学習者はぐっと少なかっただろう。



無名の人が酔った時が危険であった

歴史をふりかえると、マスコミにあおられて、日露戦争直後の日比谷の焼き討ちに始まり、「排英運動」・・・・・子どもの雑誌絵本の類が真っ先に軍国主義化したことも忘れないでおこう。


著者によると、この「無名の人が酔った時が危険であった」時期の一つは、バブル期だったようだ。確かに、上の文章にも「日比谷の焼き討ち」など例示されているが、「米騒動」などもそうであるが一般市民の「酔った時」はかなり危険だ。

「無名の人」である私も肝に銘じたい。


技術移転についても語られている。


英語が米国人なみに流暢だと英国人の発想に立ってしまう。全然できないと、日本人の発想から出られない。英語がそれほどできず、伝えることに情熱を持ち、手真似足真似で何とか伝えようとするのが、いちばん正確で、しかも能率のよい「現場での伝達の達人」だそうである。


この最初の部分、「英国人の発想に立ってしまう」という部分はよく覚えておこうと思う。


言語に関して、外国の辞書についても言及されている。


フランスの『小ラルース』という絵入りの辞書、毎年新版が出る。

一方、英国は「一般にあくまで文章で説明するぞという気迫を感じる」

中国の『辞海』も『広辞苑』型の辞書である。東アジア共通の構造かもしれない。


フランス語は学生時代に第二外国語として選択したものの、はっきり言って全く覚えていない。もう、単位を取るために「最大瞬間風速」を出すために丸暗記して試験に臨んだ記憶がある、そういう学習をした場合、試験が終わると一瞬で(なにせ「最大瞬間」に風が吹けばいいわけなので・・・)忘れてしまう。もったいないことをしたものである。

というわけで、「小ラルース」という辞書は、全く知らない。

「辞海」を著者がご存じだとは!!びっくり。

私も「辞海」を持っているが、これは見栄で持っているだけで、これまで何回引いただろうか、という体たらくである。さらに1冊にまとまっている縮刷版のため、老眼の私は虫眼鏡でないと読めない。

現在は、パソコンに「現代漢語大詞典」を入れているため、専らそれを利用している。


電子本では同時に何箇所も開いて参照しあうということが難しいからでもある。私が大辞典を使うのはたいていそういう場合だ。



著者は退職後、大学で教鞭を執っておられる、どうやら、私語があるらしい。

著者の対策として、


マイクをやめる→教壇から降りる→机間を歩きながら学生の顔を見ながら講義


すると私語が減ったようである。

後日談がサブテクストに紹介されており、その後私語は減ったが、学生は携帯電話を使って電子メールでおしゃべりしているらしい。

この対策はなかなか厳しそうである。


「パーキンソンの法則」

その一つに「定年が何歳であろうともその2年前からパワーを失う」という意味の法則がある。大阪空港に向かう飛行機は紀伊白浜上空から着陸姿勢に入る。あれである。


なるほど。なるほど。

昭和72年の歳末に思う


今の雰囲気はいかにも昭和19年に似ている。もはや勝利がありえないと感じながら、敗けるとはどういうことかが想像できないままに日々をやり過ごしていた時期である。


歴史が正確に繰り返すことはない。だからこそ、われわれは戦争の経験から学んだつもりで、別の場面で勝利病にかかった。今度は経済戦争だった。


さて私たちはこれから何を支払わねばならないのか。「彼ら」はすでに「最後の含み資産」をあてにしてはいないのか。あるいは、営々と貯蓄して銀行を太らせたわれわれにも責任の一端があるのか、(後略)(1997年12月11日)


この「もはや勝利がありえないと感じながら、敗けるとはどういうことかが想像できないままに日々をやり過ごしていた」というのは、普通の日常でもあるのではないか。

例えば、仕事の行き詰まりや、家庭内のもめ事など、「成功や円満解決」がありえないと感じながら、何の手も打たず、漫然と日々を過ごすなど、しがちではないか。



本書に、中尾佐助氏の『秘境ブータン』が紹介されており、私も『秘境ブータン』は非常に興味深く読んでいたので、ちょっと嬉しかった(『秘境ブータン』についての読後ブログはこれ 。)



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ブログネタ「イルミネーションの写真見せて」は、これなんかはどうだろう。

木曽三川公園の「冬の光物語」である。


1227木曽三川公園のイルミ1





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