友人とやり取りをしていて、
やっと「開く」がわかった気がするかよ子です。
基本、閉じてきました。
どうせ人にはわからない。
どうせ受け入れてもらえない。
どうせ人は私を否定する。
だ か ら
私は人を受け入れよう。
理解するように努めよう。
受け止めるようにしよう。
そう努力しよう。
そう頑張ってきました。
でも自分が閉じているので、
結局本当の意味では人を受け入れていませんでした。
いつもどこか冷たくて、どうせ人間って○○だと思っていました。
どうせ人間って自分勝手。
どうせ自分さえよければいい。
どうせ自分がすべて。
どうせ自己中。
どうせ最後は人を裏切る。
どうせ。
どうせ。
もちろんそう思いながら生まれてきたわけではないし、
あるとき何かがきっかけでそう思うようになったのでしょう。
そうなったらあとは証拠を集めるだけ。
そして最後の仕上げに自分自身がそんな人間になる。
閉じた世界の完成。
開かない。
開くととんでもないことになる。
とはいえ閉めきると体に悪いから、換気程度に開けてみる。
でもそれ以上は開かない。
決して外の世界を信用せずに、チラチラ覗きながら閉じておく。
そんなことを繰り返してきた気がします。
でもそれは私の本質ではなかった。
ひねて歪んでくるくるっと回ってしまったけど、
ほどけたら柔らかな自分が戻ってきた。
そして、素直に開く人の前ではこちらも素直になれるんだなあと思いました。
ということは…
私が閉じている限り、世界は私に冷たいし、私に対して閉じたままだよなあと。
そんなことを実感しました。
閉じていてもいい。
たまに開いてもいい。
たまにもっと開いてもいい。
たまにもう少しもっと開いてもいい。
完璧なんてないし、
完璧でなくてもいい。
開くとは年中無休でフルオープンでいることかと思っていました。でもそうではなかった。
人はあなたが開いた分だけ開いてくれる。
もちろん中にはそうでない人もいるだろうけど、そういう人には閉じておけばよい。
そういうことなんだなって。
それから、時には開くをお休みしてもいいんだなって。十分休めばまた戻ってこれるから。
そんなことも思いました。