theはいつ使うのか? | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

英文法についてこれまでいただいた質問としては、「aとtheはどこで使い分けるのか」が最も多かったかもしれない。たしかに文法書の説明だけでは理屈が通らないことが多く、学習者にとってもっとも引っかかりやすいところだ。



aとtheの違いについて基本的な考え方は本ブログではさんざん書いてきたので、ここで改めて述べることはしない。今回は、冠詞についてもうちょっとややこしい問題について述べてみたい。



冠詞の使い分けは、発音や聴解の「LとRの区別」とともに英語学習の「ラスボス」と言うべきものかもしれない。いや、学習者のみならず、実際に「学習者」のレベルをとうに超えた人たちでも、冠詞を正確に使いこなせる人はほとんどいないと言いきっている人もいる。



「そんなことはないだろう」と思った人は、よほどよくできる方か、もしかしたらさほどネイティブチェックを受ける機会がない人かもしれない。



1つ例を出そう。次の英文でanとtheはどちらが適切だろうか。



Which is (an/ the) original work by Vincent von Gogh?

「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの本物の絵はどれですか」



たとえばこんなふうに考えるかもしれない。「『星降る夜』といったように、どの絵か決まっているならtheだろうが、この場合、ゴッホの絵ならどれでもいいはず。だったら、不定冠詞のanだ」。



たしかに、theは基本的に「お互いが知識を共有している」というサインとしてつける。この場合なら、話し手が「あなたも私も知っているあの絵」という気持ちを示さなければならない。だが、「私」は知らないはずだからどう考えてもanになるはずだし、もちろん正解である。実際「問題なし」という英語話者もいる。



だが、こういった英文を知的な英語話者にチェックしてもらうと、anをtheに直されることが意外と多い。不思議に思い、「ここはなぜanでなく、theなんですか?」と聞いても、「それが自然だから」という回答が来るのが関の山である。



英語話者は冠詞を理屈抜きで使う、いや、もっと正確に言うと無意識の情報処理で使い分けているので、理由を意識化できないのが当然だ



だから、理由はこちらで考えるしかない。



もちろん理屈はつけられる。たとえば「ゴッホの絵はすべて有名だから、絵画ファンどうしの会話であれば、お互いに知識を共有している絵のはずだ」のように。ゴッホだとどの絵かわからないと言うなら、たとえばフェルメールのような寡作の画家で、お互いがフェルメールのファンだとすれば、腑に落ちる人もいるだろう。



では、著名だが膨大な作品群を持つピカソはどうだろうか。この場合も英語話者はやっぱりtheをつける。だから、実はこの理屈は成り立たないことになる。



では、この場合になぜtheをつける英語話者がいるかについて、私見を述べたい。



こういった場合、英語話者がどのような状況や環境を想像するかでaとtheを区別する。たとえば、最初の文ならこうだろう。



壁に絵が3枚並んでいる。このうち1枚が本物のゴッホの絵だと説明を受ける。私はその3枚をじっくり見る。「このうち本物はどれだろう?」と悩みながら何度も繰り返し見る。そして、これだろうと1枚の絵に決める。



美術館の職員はこちらの様子を見ている。「この人はわかるかな?」と思っている。やがて、私は正解を知っているその職員に聞く。来た来た。「どれが本物のゴッホの絵(the original work)ですか?」



つまり、3枚の中でゴッホの絵は1枚しかないから、この場合はthe workなのである。「すでにどれか決まっている」という観点だとthe workになる。これがもし5枚の中で2枚が本物だという条件なら、そのうちの1枚をさすときはa workになる。ただ、この文から「2枚にうちの1枚」を想像するのはいくぶん特殊な状況だろう。だから、この場合、theが自然である。



つまり、ここでaかtheかというのは、それをどのような状況と見るかという想像力の領域にあるということだ。学習者が公式どおりに当てはめても、英語話者はその英文が使われる環境や状況というものを「想像」するので、学習者が持つ公式が当てはまらないことが少なくないわけだ。



あるいはこんな疑問がわいてきたかもしれない。「私はどの絵であるか知らないのだから、知識の共有を示すtheはおかしい!」。たしかに「知識の共有」でないので、そう考えるとtheは違和感がある。



もちろんこれにも理由がある。それはtheは「話し手と聞き手で知識を共有している」という印であることが多いが、そうではない場合もあるのだ。たとえ話し手は知らなくても、聞き手が知っていることだと話し手が思えば、基本的にtheをつけるのである。





「そんなのはおかしい」と思った方は、こんなのはどうだろうか。



・I found the moon last night. 「昨夜はお月様が見えた」



このmoonはお互いに知識を共有しているmoon、つまり「お月様」だ。地球唯一の衛星(moon)だとみんなに認知されているからthe moonなのである。



では、これをthere be構文で言い換えるとどうなるだろうか。



・There was a moon last night.



これも「お月様」だから、その上の文と条件は同じでthe moonのはずだが、実際はa moonが一般的である。



there be構文の場合だと「その月(=地球唯一の衛星)」かどうかではなく、月の「有無」に焦点があり、相手は「あったかどうか知らない」という前提で語りかけることになる。だから、a moonとするわけである。



逆に、「昨夜は月が出た」のように月に焦点があって、その月がどうなったのだという場合は、The moon went up last night.のようにtheがつく。




念のため繰り返すと、ここでは「聞き手が知っているかどうか」のみが問題になっている。話し手が知っているかどうかはどうでもよく、「知識の共有」という考え方は棚上げにして考える。



次はどうだろうか。



・I found a crescent moon last night.

「昨夜は三日月が見えた」


・The crescent moon shined blight and clear last night.


「昨夜は三日月が明るくくっきりと輝いていた」



a crescent moonは「三日月」の意味である。通常はaをつけると文法書などには載っていると思う。



なぜaなのかと言えば、「お月様」という抽象的な表現と違って、「三日月」にはいろいろな形があると考えるからだ。「お月様」という抽象的な知識が、「三日月」という具体的なイメージに変わったからと説明してもいいだろう。




また、具体的だからこそ、それがどんなものかは環境や捉え方によって変わる。I found a crescent moon…の場合だと、「たくさんありうる見え方のどれか1つ」になる。



このように、「まだまだ特定が可能」だと示したいときは、基本的にaになる。



そうすると、下もa crescent moonとなってもよさそうだが、the crescent moonのほうが一般的だ。その理由は、話し手は「明るくくっきりとした三日月」というものが聞き手もわかっていると考えるから、ということになる。「三日月」はすでに聞き手もわかったものとして、それがどうしたかを描写しているというわけだ。



一般にThere is Xのあとは新しい情報が来るのでXにtheがつくことはまれだ。逆に主語になる場合はXはすでに出た情報が来るのでXにtheがつくことが多い。つまり、すべては「状況しだい」だ。



あとは、theをつけるかどうかは、話し手が「聞き手はXを知っているかどうか」を示すということまでしか言えない。




ただし、これをもって「theは共有の印とか習ったが、あれは嘘なのか! 話し手は知っていようがいまいがどっちでもよくて、theをつけるかどうかのポイントは、聞き手だけなんだな!」なんて考えるのは早計だ。



ここだけ切り取ればたしかにそのとおりなのだが、新たなtheのルールとまでするのは適切とは言えない。



なぜなら、あくまでtheの「共有」が基本にあり、多くの場合「共有」で理解できるからである。文法研究をやるならともかく、学習文法では「8割方の妥当性」に留めるのが、適切な教育的配慮というものだからだ。



これからその8割を覚えるのが初級者、8割は覚えていて残りの2割に悪戦苦闘するのが中級者、残りの2割を経験によってさらにその8割カバーできるのが上級者だ。残りの2割を100%カバーできたら「ネイティブ並」ということになる。



aとtheをもっと厳密に区別することもでき、実は本格的な私見はここからが出発点なのだが、今回はここまでにしておきたい。長くなるからというのは口実で、実はtheについて実際に講義や講演をするときに大事な「ネタ」だからである。あしからず!










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