そのとき書いたことの一部に修正を加えてみたくなって、今回、強調構文について述べることにした。
強調構文の構造は簡単だ。名詞か副詞、あるいはどちらかの働きをする句や節を切り離して(=分裂させて)、It isの後ろに置き、そのあとでthat(やほかの関係詞)と、その部分の欠けた文を置くだけである。
たとえば、I met Beth in the street yesterday.(昨日、街中(まちなか)でベスに会った)でBethを強調する(=分裂させる)のなら、It is Beth that I met in the street yesterday.となる。同じことをIにもin the streetにもyesterdayにもおこなえる。
問題は、どんなときにこの強調構文を使うかである。
名前が「強調構文」だから、「その語句を強調するため」というのがいちおうの答えになる。「Bethを強調するために、It is Beth that…にした」というわけだ(もちろんIt was Beth that…でもよい)。
でも、「強調したいときって、たとえばどんなとき?」とさらにつっこんで聞かれると、説明するのはわりと難しい。しかし、この問いに答えないと、強調構文をどんなんときに使えばいいか、学習者に伝えることができない。
「とにかくBethのことを最初に言いたいときだよ」と言っても、「最初に言いたいとき」は「強調したいとき」の言い換えにすぎないから、直接質問に答えていないのである。トートロジーに陥っている。
この質問は文法を超えた「意味」の問題として考えるしかない。
意味論、とくに語用論、とくに談話(=会話、脈略)研究に「新情報」と「旧情報」という便利な用語がある。
ごく簡潔に言えば、新情報は話の中で初めて出てきた情報、旧情報はすでに話題になっている情報のことである。これを使えば強調構文をどんなときに使うかがいちおう説明できる。
たとえば、話し相手が「昨日も公園を散歩したの?」と質問して、「うん。偶然会った人がいてね」と答えて、It is Beth that I met in the street yesterday.と言えば、「昨日、街中で会っちゃったんだよ、なんとベスに!」といったニュアンスになる。
この場合、Bethは会話に初めて出てくる新情報、「会う」「街中で」「昨日」は旧情報である。だから、「新情報であることを示すために強調されている」と説明できることになる。
これで一件落着!
・・・だが、残念ながらそうはならない。
この場合、Bethは会話に初めて出てくる新情報、「会う」「街中で」「昨日」は旧情報である。だから、「新情報であることを示すために強調されている」と説明できることになる。
これで一件落着!
・・・だが、残念ながらそうはならない。
たとえば友達Aが「ベスが留学したのはインドだっけ」、友達Bが「そうそう。一昨年のことだよね」と言ったとしても、続けてIt is Beth that I met in the street yesterday.と言うのは可能だからである。もちろん、It is yesterday that I met Beth in the street.でもIt is in the street that I met Beth yesterday.でもよい。
新情報も旧情報もなくどれでもよいわけだ。
この場合、「会う」「街中で」「昨日」はすべて新情報で、Bethはいま話題になっている旧情報だ。だから、「新情報だから強調されている」は正確ではないことになる。
これはどういうことなのか?
あとは考察することになるが、ここで重要になるのは聞き手の気持ちである。「相手がどの情報を意外に思うか」を話し手が考えて、「意外な情報X」をIt is X that…とする。だから、It is Beth…なら「意外なことにBethだったんだよ」で、あとは付け足し、It is yesterday …なら「意外なことに昨日だったんだよ」で、あとは付け足し、以下同様。
意外な情報の多くは新情報なので、「新情報がIt isのあとに来る」でけっこう当てはまるのだが、これだけだと単なる結果論だ。
それに、いかんせん当てはまらないこともある。
重要なのは、自分にとって「意外かどうか」はどうでもいいということだ。基準となるのがあくまで相手にとって意外なことだということである。これは文章であっても同じで、「読者とっての意外性」が何らかの形で含まれていなければならない。
話し手のちょっとしたサービス精神が垣間見られる用法と言ってもいいかもしれない。
これを踏まえると、強調構文の否定であるIt is not X that …はどう考えればいいのか。
まず前提となるのは、これが「Xは意外ではない」ではなく、「意外なことにXではない」だということだ。つまり、意外であることは同じだが、その意外さが「Xではないこと」に向けられる。
相手が当然Xだと思っているだろうなと想定して、「いやいや、Xじゃないいんですよー」という気持ちが裏に隠れていることになる。
It is not in the street that I met Beth yesterday.なら、「昨日ベスに会うならきっと街中だと思うでしょー」と想定して、「ところが、街中ではないんですよねー」といった感じになる。
強調構文は、コミュニケーションの中で相手の気持ちを察しながら使うものである。だから、構造は簡単でも、じょうずに使うのはわりと難しい。
教師は「強調構文は簡単だぞ。It is とthatで強調するものを挟めばいいんだよ」なんて教えているかもしれないが(もちろん、それ自体は正しい)、本来はそれだけで「強調構文は終わり」と思ってはいけないのである。
というわけで、初級者が強調構文を使いこなすのはけっこうたいへんで、「通じればOK」というレベルでのやりとりなら、ほとんどの人がそれどころではないはずである。また、無理して使って外すとかえってかっこ悪いし、使わずに困ることはない。
ただ、原理を知っておくと読解には役に立つのは間違いない。語学で覚えるべきことは山のようにあるが、その1つである。


Image(s): FreeDigitalPhotos.net
【告知】
ディスカヴァー・トゥエンティワンからマイケル・マハルコ著の翻訳書『クリエイティブ・シンキング入門』を出版いたしました。日本ではロジックの大切さが強調されていますが、世界的な趨勢はロジックにとらわれずに、自由な発想でクリエイティブに活動するほうへと流れています。
それを実践するのがクリエイティブ・シンキングです。本書はクリエイティブ・シンキングを身につけるための最良の入門書です。ビジネスやアカデミズムの最先端で活躍していく方はぜひご一読ください。定価は2400円+税です。
本書がなぜ今の日本に必要なのかを書きました。ぜひご参照ください(→過去ログ)。
新情報も旧情報もなくどれでもよいわけだ。
この場合、「会う」「街中で」「昨日」はすべて新情報で、Bethはいま話題になっている旧情報だ。だから、「新情報だから強調されている」は正確ではないことになる。
これはどういうことなのか?
あとは考察することになるが、ここで重要になるのは聞き手の気持ちである。「相手がどの情報を意外に思うか」を話し手が考えて、「意外な情報X」をIt is X that…とする。だから、It is Beth…なら「意外なことにBethだったんだよ」で、あとは付け足し、It is yesterday …なら「意外なことに昨日だったんだよ」で、あとは付け足し、以下同様。
意外な情報の多くは新情報なので、「新情報がIt isのあとに来る」でけっこう当てはまるのだが、これだけだと単なる結果論だ。
それに、いかんせん当てはまらないこともある。
重要なのは、自分にとって「意外かどうか」はどうでもいいということだ。基準となるのがあくまで相手にとって意外なことだということである。これは文章であっても同じで、「読者とっての意外性」が何らかの形で含まれていなければならない。
話し手のちょっとしたサービス精神が垣間見られる用法と言ってもいいかもしれない。
これを踏まえると、強調構文の否定であるIt is not X that …はどう考えればいいのか。
まず前提となるのは、これが「Xは意外ではない」ではなく、「意外なことにXではない」だということだ。つまり、意外であることは同じだが、その意外さが「Xではないこと」に向けられる。
相手が当然Xだと思っているだろうなと想定して、「いやいや、Xじゃないいんですよー」という気持ちが裏に隠れていることになる。
It is not in the street that I met Beth yesterday.なら、「昨日ベスに会うならきっと街中だと思うでしょー」と想定して、「ところが、街中ではないんですよねー」といった感じになる。
強調構文は、コミュニケーションの中で相手の気持ちを察しながら使うものである。だから、構造は簡単でも、じょうずに使うのはわりと難しい。
教師は「強調構文は簡単だぞ。It is とthatで強調するものを挟めばいいんだよ」なんて教えているかもしれないが(もちろん、それ自体は正しい)、本来はそれだけで「強調構文は終わり」と思ってはいけないのである。
というわけで、初級者が強調構文を使いこなすのはけっこうたいへんで、「通じればOK」というレベルでのやりとりなら、ほとんどの人がそれどころではないはずである。また、無理して使って外すとかえってかっこ悪いし、使わずに困ることはない。
ただ、原理を知っておくと読解には役に立つのは間違いない。語学で覚えるべきことは山のようにあるが、その1つである。

Image(s): FreeDigitalPhotos.net
【告知】
ディスカヴァー・トゥエンティワンからマイケル・マハルコ著の翻訳書『クリエイティブ・シンキング入門』を出版いたしました。日本ではロジックの大切さが強調されていますが、世界的な趨勢はロジックにとらわれずに、自由な発想でクリエイティブに活動するほうへと流れています。
それを実践するのがクリエイティブ・シンキングです。本書はクリエイティブ・シンキングを身につけるための最良の入門書です。ビジネスやアカデミズムの最先端で活躍していく方はぜひご一読ください。定価は2400円+税です。
本書がなぜ今の日本に必要なのかを書きました。ぜひご参照ください(→過去ログ)。



