ライオンズのキャンプに来た長嶋は、まっさきに中島のもとにかけつける。「同じ背番号3、ナカジマとナガシマで似ているし、後輩みたいなもの」と、最初からえらく気になる様子だった。プロ野球史上最も輝くスターだった長嶋は、中島に大きなスター性を感じたのだろう。
実は長嶋の打撃指導は決して評判が良くない。というのは、その言が感覚的で時に一貫性がないからだ。「ここまで来た球をパシン!と打て」とか「この場合、パシ!ではなく、バシ!だ」などと感覚的な擬音語や擬態語が入り交じり、しかも、ついさっき言ったことと矛盾したことをわりと平気で言うようなところがあると言う。
当然のこと、伝説的な長嶋の姿を直接見られたことに感激しながらも、指導そのものについては、ほとんどの者が「?」となる。
そんな長嶋の指導のあと、記者のインタビューで感想を求められた中島は「長嶋さんの理論はよくわかりました。教え方もすごくわかりやすかったです」と答えた。
社交辞令ではない。あとで、ほかの者が確かめたが、本気でそう言った。
また中島は腰の軽いところがある。オフに、里帰りしたアレックス・カブレラを訪ねてベネゼエラに行ったり、プエルトリコ出身の選手の家に遊びに行って、その家族と仲良くなったりしている。
普通の野球選手はこうったことはやらない。そもそも、スペイン語がわからないのに、気軽に中米に行くという気質は日本人的ではない。
こういったことからわかるように、中島はどこまでも感覚的で、根っからの楽天家である。
だからこそ、長嶋が気に入り、長嶋の感覚的な言葉も簡単に受け取れるし、海外も行けばあとはなんとかなるさと、とりあえず出かけ、言葉もわからないのにその中に飛び込んでいける。
実際、中島がインタビューに答えるときは、長嶋ほどではないが、感覚的な言葉が多用される。まるで、小さな子供が驚きの体験をして、自分の語彙で一生懸命伝えようとしているかのような印象である。
真っ向勝負にめっぽう強く、自らの活躍で勝っても、自分のミスで負けてもそれを淡々と受け入れる潔さがある中島は、大リーグ向きであることは間違いない。「できない自分」というものをそのまま受け入れ「できる自分」になる努力を惜しまないメンタルは、どんな世界に行っても強い。
私が中島のそんなところを痛感したのは、レギュラーに抜擢された2004年のシーズン中である。
中島はもともと急造ショートで、一軍でショートを守ったことはほとんどなかった。無名高出身であり、効率的な守備練習はやっておらず、文字どおり「急造」である。現代野球のショートは捕手の次に頭脳プレーが必要で、試合前にもかなりの情報を覚えざるをえない。
当然のこと、エラーの連続である。
ショートのエラーというのは投手にはかなりのダメージになる。中島のエラーをきっかけに崩れる投手もかなりいた。
こういったとき、多くの選手が落ち込むのだが、中島は落ち込むどころか、エラーを取り返すべく打ちまくって勝利を呼び寄せるのである。
所沢の観客ははらはらしながら中島を見て、頼もしい中島を見る。まるで球場の真ん中で、中島がすべての趨勢を支配しているかのように見えた。
中島はメンタル面と打撃面では大リーグでやっていけるだろうが、問題は守備だ。日米で人工芝と天然芝の違いもある。
ただ、自分でやったエラーでつぶれる選手ではない。その点では野球エリートだったメッツ時代の松井稼頭央とは違う。松井は守備でつぶれたのではなく、エラーしたことを引きずってつぶれた。
この1年で守備に適応できれば、おそらく中島は大リーグで活躍できるだろう。
ただし、大リーグは日本のような「中島ありき」のシステムが作ってはくれない。「ショート」というポジションに、AとBどちらの選手を置けばより勝利に貢献するかという冷徹な計算だけだ。
日本は人ありきの野球、アメリカは冷徹な入れ替え可能性に基づいた野球である。イチローがそうだったように、シーズン途中のトレードなど普通である。
この1年で中島が守備に適応できれば中島は大リーガーであり続けるだろう。だが、適応できなければ、それ以後のレギュラーは難しくなる。成功できる可能性は五分五分くらいかもしれない。
だが、私は中島に限りなく期待している。
中島がアメリカに行くというだけで胸がいっぱいになって、何かやってくれるのではないかとわくわくしてしまう。中島裕之とはそういう選手なのである。
(この項おしまい)

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