mindについてひたすら書いてみた | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

連載を書いていたらちょっと煮詰まってしまった。そこで、久しぶりに気分転換を兼ねて「英単語シリーズ」を書いてみたい。前回はcloseについて書いたのだが(→過去ログ)、思いのほか好評だったので気をよくして第2弾。



なお、ニュージーランド在住の畏友のwannabeさんがこの形式を使って、dieについてたいへんおもしろく書いているので、よかったらあわせてご一読ください。ビジネス英語の使い手にして英語オタクなところをいかんなく発揮したすばらしい内容です(→wannabeさんのブログへ)。



今回は『ルミナス英和辞典』(研究社)を引いてみた。



この辞書はおもに高校生と大学生などの学習者をターゲットにしている親切な学習辞書だ。そのぶん単語は絞ってある。引くついでに書くネタも提供してくれそうということで、さっそく今回のテーマ決め。



まず出てきたのがgradual。書けないことはないが、膨らませるのはちょっとしんどいか。



もう1回引いてみるとmindが出てきた。これはラッキー。ということで、今回はmindについてひたすら書いてみる。


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mindというと、「心」の意味を最初に思いつく人が多いのではないだろうか。だが、もともとこの単語は「記憶」の意味で、memoryの語源になっている。



「記憶」→「その場の感情ではなくて、ずっと持っている理性」→「身体ではなくて心」といった感じで意味が派生してきた。



考えてみると、人間が時間的な余裕ができていたのは歴史的に見ればごく最近のことである。「内面」なんてものが意識されるようになったのもごく最近だ。「心」などという概念が古英語の時代にさほど広く普及するはずはない。



つまり、mindという単語は(だけに限らないが)、人間の生活スタイルの変化ととも意味が変遷してきた。



ソクラテスやプラトンといったギリシャの大天才は置いておいて、私たちが心と体を明確に区別するようになったきっかけは、やはり17世紀に活躍したデカルトの影響だろう。



彼の「我思うゆえに我あり」という言葉は、「すべてを疑うというやり方で自分を疑ってみても、自分を疑っている自分は存在するじゃないか!」という、今から見ると当たり前だけれど、当時はみんなが「おお!」と思った大発見を表している。


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単語の話からだいぶ離れたので元に戻ろう。



現在は、mindという単語はデカルト的な心身二元論(=「人間は心と体で出来ているよ」)のうちの「心」のことを指している。



教師が生徒にかっこよく説明したければ、「mindはデカルト的な意味で'心'の意味だ」と言うと、生徒に感心されるかもしれない(されないかもしれない)。



だから、mindという単語が意味するものを正確に表すと「人間のうち、身体ではないもののすべて」ということができる。言い換えると、物質としての人間以外はすべてmindである。



さらに言い換えると、人間からmindを引くとbodyになることになる。bodyには「死体(=a dead body)」の意味があるが、mindのない人間なのだからそれも当然と言える。



あまりこういった考え方を突き詰めない日本語としては、mindの訳語はけっこう多岐にわたってしまう。



「心」「精神」のほか、「理性」「知性」「頭脳」などもmindの訳になりうる。He read my mind then..なんて言ったら、「彼はそのとき私の心を読んだ」ということで、mindは「そのとき考えていたこと」の意味だろう。



また、mindの機能が発揮された状態である「考慮」や「注意」や「集中」などの意味でも、頻度は高くないものの使われることがある。



make up one's mindは「決定する」の意味を覚えている人が多いだろうが、実は「あきらめる」の意味でもよく使われる。「ふわふわした心の状態を1つに限定する」ということなので、前向きであっても後ろ向きであっても、make up one's mindなのである。



さらに、人間の本体は身体ではなくmindだと考える人は、「心の持主」、つまり「人間」の表すことになる。文章語の使い方だが、a noble mind だと「高潔な人」や「志ある人」などと訳す。こうなると、心身二元論はどこかに行ってしまう。


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mindの動詞の意味も考えてみよう。



もともとは「心がある」→「意識がある」ということだ。だから、たばこを吸っている人に意識が向けば「気にする」だろうし、たばこが嫌いであれば「嫌う」の意味になる。



私たちが英語でしつこいくらいに習ったDo you mind if I smoke?(たばこを吸ってもいいですか)はもともとは「もし私がたばこを吸ったら、あなたは気になりますか」という意味である。イヤだったら当然Yes I do.と言わなければならない。



さらに、転びそうなよちよち歩きの子供に意識が向けば「注意を向ける」になるし、転びそうだから手を出してしまえば「世話をする」の意味になる。



このようにmindはあまりに意味が拡がりすぎたので、もっと限定された意味の単語が必要になった。



mindがどちらかというと理性的な意味で「心」の意味なることが多いので、もっと感情的な意味でheartが使われる。恋愛物で「心」と言う場合は圧倒的にheartが多いだろう。mindがheartと対立するように使われていたら、おおかた「理性」「知性」など「冷静な心」の意味だと想定できる。



また、心身二元論についてもmindが人間そのものを表すところまで拡がったので、bodyに対してはsoulを使うことのほうが多くなっている。また、soulの場合、宗教的な意味合いが強く、「身体は死んでもsoulは死なない」なんて言う場合は「魂」と訳したほうが合う。



spritはinspire(鼓舞する)の連想からもわかるように、「神が吹き込んだ精神」のことである。だから純粋なイメージがあるのだろうが、これが「強い酒」の意味になるのは単に酒飲みの論理のような気がする。



なお、私の観察する限り、日本語で「心」と言った場合mindの意味のほうが多いようだ。mindは頭にあって、heartは心臓のところにあるなんてイメージを持っていると、けっこう間違ってしまうので、注意が必要だ。



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