それは風景の一部みたいなものだったので、目に入っても何に感じなかった。が、ふと、「これはどう読むのだろう?」「どういう意味だろう?」と疑問に持った。ただ、そんな疑問などすぐに忘れてしまうのは、遊びが仕事のような子供だからである。
その意味を知ったのはそれからだいぶたってからのことだ。漢字にすると「痔」となることを、私はヒサヤ大黒堂という会社の新聞広告で知った(もっとあとで知ったが、「ぢ」というのれんはヒサヤ大黒堂製だとか)。
問題は発音だ。母親に聞くと「"じ"だよ」と答えた。「"じ"でいいなら"ぢ"なんていらないだろ。"ぢ"と"じ"を区別などする必要があるのだろうか」と思ったが、すぐにスポーツ欄で野球の記事を読み始め、そのことはどうでもよくなってしまうのは、ちまたの事件より野球に夢中な子供だからである。
そのナゾが解けたのは、まさにアメリカ人に英語を習っているときだった。初めて疑問を持ってから十数年が経っていたわけだ。我ながら本当に発音に興味がないものだと痛感してしまう(苦手だから避けたかっただけなんでしょうが)。
dogsのsは「ズ」でいいのだが、headsのdsは「ヅ」なのである。どこが違うかというと、まさに舌の位置。「ズ」は舌が下の歯に触れ、「ヅ」は上の歯に触れる。
「ズ」は、まず息だけて「スー」と出して、そのままにごらせる(声に出す)と「ズ」になる。
「ヅ」を簡単に出せるようになりたかったら、まず息だけで「ツー」と出して、そのままにごらせる。「ス」と「ツ」の舌の位置が、そのまま「ズ」と「ヅ」と位置と同じである。
他も同様。「チー」と伸ばして、そのままにごらせれば、めでたく「ぢ」になる(歴史的仮名遣いが廃止されたために、こういった単純なこともわかりにくくなってしまった)。
私は発音マニアのアメリカ人講師と発音練習していたときに、これが突然ひらめいた。試しにやってみると、OK! Great!という言葉が飛んだ。
日本人も昔は「ズ」と「ヅ」と使い分けていた(使い分けが残っている地域も一部あるとか)。今はどちらも音を出しても「ズ」にしか聞こえなくなっている。この点はLとRについても同様である。
英語の発音で難しいのは、日本人が使い分けをしない音である。そういった音は同じに聞こえるからである。同じに聞こえるものを聞き分けられるようになるためには相当の訓練が必要で、あとはそういったことに関心があるかないか、耐えられるか耐えられないかの問題になる。
私はあまり関心がないし耐えられないのだが、なにしろ外大生なら1年でも知っている情報なので、言語学をやるといやおうなしにそういった知識が身についてしまう。えらそうにひとに教えることはできるが、自然と身につけているひとにはかなわない。
ただそういったひとはほんの一握りである。だから、大多数のひとは、発音は日本人講師に習ったほうがよいと思う。