演歌について話しましょう/小学生時代篇 | 世界畜産動物福祉ランク最下位Japan、遅れ過ぎやろ?!《元ナースの動物愛護と白血病のブログ》

世界畜産動物福祉ランク最下位Japan、遅れ過ぎやろ?!《元ナースの動物愛護と白血病のブログ》

✰10/4血液内科病棟退院1年+214日目、生存中。♦️Japanは世界畜産動物福祉ランクが最下位のGランクです。♦️10/4迄休みます








11月10日から、細川たかしさんの「望郷じょんから」を練習している。私は一通り歌えるのだが、かなり自由に、でたらめに歌っている。正しい旋律で歌いたいと思い、去年の9月に自分のでたらめな歌の修正に着手した。細川さんの歌は民謡の歌い方が入ってると聞いていたので、絶対に素人の私には難しいと思った。ちゃんと歌いたいという強い希望があったので、1フレーズずつ、自分の歌を直していくことにした。そうして、なんとか最初のフレーズを歌えるようになったが、9月の終わりに白血病と診断され、入院となり、「望郷じょんから」の直しはできなくなった。


細川さんは民謡をされていたのか、調べてみた。以下、「細川たかし-ヒストリー」のサイトより引用した。



昭和42年 秋

昼間の仕事はヘルスセンター(今の健康ランド)の仕事もする

歌や司会、マイクやスタンドの出し入れ、演出にいたるまでするようになった


当時は、民謡ブームで右も左も民謡だらけ、しかも音響設備が今みたいに良くないのに、朝10時位から、平気でバンバン歌う。あの声はどこから出てくるんだろうと、本当に不思議でしたね。あまり民謡は好きではなかったが"門前の小僧何とやら"で、民謡はだいたい頭の中に入ってしまいました。今となっては、僕のたいへんな財産になっています。


https://hosokawa-music.jp/artist/takashi-hosokawa/history.php



ということだ。


白血病の治療が終わり、今年3月5日に退院した。入院中に抗ガン剤の副作用で言語障害になった。呂律が全く回らなくなり、普通にしゃべれなくなった。それが去年11月17日以降。でも、12月初めに喋れるようになった。(喋れなくなってすぐに言語のリバビリ師がついた。)12月の一時退院で歌を歌ったが、滑舌が悪く舌が縺れ、力も出ず、ちゃんと歌えなかった。そんな感じが退院まで続いたが、4月あたりから、割とちゃんと歌えるようになった。そして10月、直せずに置いていた「望郷じょんから」の全修正に着手しようと決めた。




「望郷じょんから」

6フレーズ目まで、直しました。


メモ✏️

(民謡調)

つがるん ゆきんこお まい↑と↺ぶうころよ

みんなはー たあしゃかあ かわりはあないか

ふるさとお こいしやあ はないちい もんめ

アアア、ア〜〜ア


じさまがーたたく じょんからーぶしの なきじゃみせ↺んが

かぜにちぎれて きこえてーくーるよ


ここまで25 %修正

かなり難しかった。何箇所かリズムを直した。アアア、ア〜〜アの所、苦手だったが、歌えるようになった。


修正、続く





https://youtu.be/xAXeC7YQwYc?si=d3OzjpjDBlocT_wa








日本人のルーツ、私の演歌のルーツ

父のレコード『美空ひばり 魅力のすべて』を貰いました。「お祭りマンボ」「太陽と私」が小学生時代大好きだった歌。「リンゴ追分」も好きでした。
















YOUTUBE 再生リスト





父のレコードで島倉千代子さんの歌も聴いていました。「りんどう峠」をよく聴いていました。「からたち日記」も好きでした。





 


笹みどりさんのレコード(LP)も父から貰いましたが、「下町育ち」しか記憶にありません。こればかり聴いていたみたいです。








後日、「中学生時代篇」を書きます。誤字脱字ありましたらすみません。