本来の私で生きながら内側からの幸せを叶えていく生き方の
筆談愛され四柱推命鑑定師の松村和美です。
・わたしをまぁるごと愛するためのセッション
・自分らしく輝くための四柱推命鑑定
・幸運が舞い込むプロフィール写真撮影をしています。
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こちらの続きです、
安心ベースで選択しよう♡
とある方からの優しさをお断りしたということ。
親切も、気を付けなければ、押し売りになってしまうんです。
たとえ、押し売りにしてないと思っていたとしてもです。
相手に親切をする
私自身も、優しいタイプなので
手を出さなくていいのに
手を出して優しくしてあげてしまっていたりということもあります。
私もどちからというと、優しすぎちゃうというところがあると思っています。
そこに気づいてきたので、優しくしすぎないと、私は決めました。
なぜなら、相手の力を信頼してないことにきづいたから。
先日、断りをさせていただいた方も、
父や母を思っての、親切からの行動でした。
それも、その方の示す愛です。
それはありがたく思います。
でもね、こちらから電話はしてないので、
頼んでもいないことに、手を出してほしくないのです。
優しさって、何だろうって思うんですが、
相手にとって、何が必要なのか見極めることも大切
そっと見守ることでもいいし、
遠くから祈るだけでもいい。
私自身、以前は相手に親切にすることは、
とてもいいことだと思っていました。
だって、自分が与えたものが返ってくるとしたら、
相手に与えることが大切なんて、思うわけです。
徳を積んでいるという勘違いにもなりかねません。
ですから、
手を出していいのか
今はしないほうがいいのかということも、
観ていくことが大切なんだなと最近は、思っています。
手を出すだけが優しさではないから。
相手の潜在能力を信じて、相手は大丈夫という信頼が、一番大切。
そして、
助けるということは、
自分から助けてといえるまで、待つことも大事だと思っています。
母親がやりがちなんだけど、
何が何でも、手を出すことは、一番よろしくないとも思っています。
先日お断りした方にも言われました。
「あなたは、ブログでも、書いているように、
不安や恐れの気持ちに寄り添っているのなら、
寄り添う側の気持ちわかるでしょ?」
と。
この時点で、
優しくしてあげることが、素晴らしいことだという設定に
なっているなぁと、感じました。
「優しくしてあげてる私」って悦ってしまっていると、
相手をよく見てないんです。
自分がしてあげていることに、優越感になっていたら、もう大問題。
「相手をみろよ」ということになります。
相手をかわいそうと見てないかな?その視点。
相手はその状況から、よい良い人生にしていくという力があることを
信頼しているかな?
解決策は一つしかないわけではない。
いろんな道がある。いろんな選択肢がある。
どんな道を歩んだとしても、魂の繁栄につながるはずだから。
どれが正解?という愚問で生きると、
選べなくなるし、
選ぶことも怖くなる。
「あーすればよかった」という後悔って、正解を一つにしているから。
正解ではない、
どの道を選んだとしても、メッセージは色々と受け取れるし、
糧になる。
ですから、親切、優しさとは、
与えることが大切というのは、ちょっと違うと思っています。
その方が、よい良い人生を、生きる力があるという信頼の上での
相手に何が必要なのかを、見守ることだって、優しさだと私は思うのです。
設定変更を知っていくと、
自分がどんな設定で生きているのか、
さらに、相手はどういう設定のもとで、発言されているのかも、みえてきます。
相手を責めることなく、
自分の気持ちを伝えるだけ。
相手がどう受け取ったとしても、違う設定での受け取り方をしたのなら、
それさえも、受け入れるというスタンスが大事なのです。

優しさって、
してあげたのにというのは、はっきり言ってエゴですから。
以前、とある方にもいろいろやってあげたのにという方がいました。
義理人情を大切にしましょうと言っていたけど・・・・
結局はその方の恐れにしか聞こえませんでした。
離れられるのが怖くて、やってあげようとしていたとしたら?
恐れからの優しさにもなっています。
そのエネルギーを感じてしまったからなのか
その方のいうことに違和感でした。
やってあげたという視点は私は好きじゃないです。
そういう機会を与えられ、
なおかつ、その方が、笑顔になる道に行けたら、よかったなと思う
私は、そういうスタンスです。
させていただくというスタンスがないと、
傲慢になります。
サポートもしてあげるというスタンスではなく、
あなたが、よりよい人生になるように、
私はさせていただけたら嬉しいというスタンス。
上から目線的な優しさなんていらないよ。
親切にしてあげたんだからというのも、
相手を委縮させてしまうことだってある。
結局は、そうすることで、相手をコントロールしようとしていることになるから。
勝ち負け、2極の世界ではなく、
対等の世界で、お互い尊重しながら応援し合う世界
そんな世界がいいなと、私は思っています。
私自身も、
優しさのエゴではなく、
相手にとって、何が必要なのか、見極める視点を磨いていきます。
勝ち負けではない対等の世界で生きていきませんか
対等の世界で生きると
自分を責めなくなっていくし、
ひたすら自分をまぁるごと愛する生き方を選べるようになります。
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