自分が傷つくのが怖い。怖い。とずっと身構えていたとき。
もしかしたら、その身構えた様子を見て、夫はとてもとても、傷ついていたかもしれないな。
と思います。
「そんなに俺を怖がるんなら、もっと怖がればいい。
どうせ俺を信じていないんだろう、お前を傷つける敵だと思っているんだろう?
じゃあその通りにしてやればいいや。」
やけっぱちのような気持ちになっていたかもしれません。
私は私で。
また冷たいこと言われる。(だろう)
嫌な顔される。(だろう)
拒否される。(だろう)
無視される。(だろう)
ダンナさまのことを考えるよりも、自分の身を守ること、が一番大事だった。
・・・のかもしれない。
”行動しなければ、余計なことをしなければ。これ以上深く傷つくこともないだろう。”
そうやって、殻にこもって、「何もしない」「できない」ということを選んで。
「自分」と「夫」を胸のうちで責め続ける。
空想の世界で。
実際に行動して、傷つくことと、空想の世界で、自分たちを痛めつけるのと
どちらが痛いだろう、傷つくんだろう・・・・。
現実に起きていない「怖れ」に飲まれていくことの方が、
もしかしたらとても痛くて傷つくことかもしれない。なぁ。
傷つくまいと、その場にいて防御しているつもりが。
実は、自分も相手も心の中で責め続けることで、どんどん傷ついていたりして。
行動したら、また傷つくのかもしれない。
でも、傷つかないかもしれない。
すぐに望んだ結果に結び付かないかもしれない。
理想と現実に、がっかりするかもしれない。
それでも、ひとつひとつ、動けた自分が、段々と、好きになってくるのかもしれない。
なぁ~って思います。
ここ最近、感じたことでした。
※あ、もちろん、痛すぎて動けないときだってあるよ。それもまた必要。
でも、このままでいいのかなぁって、悩みだした人って、動くタイミングが近づいているのかもなって
思いました^^