都内でヘルスケア関連の仕事をしています。長女中学生、次女小学5年生。食べ物、健康、教育(最近は中学受験がほとんど)、読書、その他雑談など。
家を出て秋空を見上げるとキンモクセイの香り。
この香りが漂うと、いよいよ秋(冬に向かう秋)突入だなと思いますね。
キンモクセイが咲いてなお暑いことは、あまりない気がする...
地球のリズムっていうのがキンモクセイの内側にも脈打っていて、それは私達の身体もまた同じでしょう。
さて、今日は、書くことについて。
私が子供の頃は
先生の板書を一言一句逃さずノートに書くのは基本
余力で口頭で先生が言ったポイントも書き留める
のが当然だったように思うのですが・・・
近ごろは考えることを重視する主義なのか
テキストも書き込み式だったりして
我が家の子供達の様子を見る限り
小学校でも塾でも、さほどノートを取らせる(たくさん書かせる)指導はしていない雰囲気です。
上の子の時もそんな気はしてはいたのですが
下の子の勉強も見始めてとみにその傾向を感じるようになり、書く量が圧倒的に足りていないのでは・・・と感じるようになりました。
“考える力”と言うけれど、それは急に生まれるものではない。
考える力は、
文字を書くことを含めて手先を動かして、
五感で感じとって、
言語を発して、
対話して、
その繰り返しの体験の先にこそあるもの。
手先を動かしてこそ高度な思考が発達する。
板書を自分のノートに書き写す、
ちゃんとやろうと思うと
・集中して先生の話を聞き、
・話の構造を理解して(段落を1マス/2マス空けるか、改行時に一段/二段開けるかは、その話の構造次第)
・ある程度のスピード感で書いていく
ことが必要になります。
つまり、
文字を書くことはもちろん
話の構造を理解しなければ
いいノートは作れないので、
一心にノートを取るだけでも
積み重ねによって理解力は深まると思います。
そのような土台の上にこそ思考力が発達する。
ということで
今の教育の方向性に逆行するかもしれないけれども
下の娘には、一方的に聴くタイプの授業の時は特に、全力でノートを取るように伝えました。
といっても、大人がいえばこちらの思いどおりに子供ができるほど物事は簡単ではありません。
学ぶは真似ぶから、百聞は一見にしかず
ということで、私がノートを取ってる横で、子供が一緒にノートを取ればいいんじゃないかと思い、
週末に、次女・夫・私の3人で、塾のフォロー動画を一緒に見て、三人三様にノートを取ることを始めました。本人が感覚をつかめるまで年内は続けるかなーと思っています。
私は自分が学生のころから断然普通のキャンパスノート派(リングノートNG)だし、今もそうなのですが、今回は子供の事情があって、親子3人お揃いでリングノートを使っています。
使ってみたら、昔のリングノートの欠点が改善されていて感心しました。
ソフトリングノートというだけあって、この真ん中のリング部分が柔らかく、(右利きの場合)左ページに書く時に、手にリングが当たってもそんなに気にならないんです。
さすが考えていますね。日本の文具は最高です。
Ellie
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