



こんばんは!
ラキ田ラキ子です。
アメブロ1番の備蓄女王を
目指しています(笑)
当ブログは備蓄と
懸賞と節約をしている
アラフィフの日常です。
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コチラの続きです![]()
2か月以上空いてしまいました(汗)
淡々とした語り口調ですが
自分の記憶の整理のために
記録に残しています。
当時ならもっと感情的に
書いているでしょうが
30年以上前の話なので
いい反面教師になったわと
極めて冷静に書いています。
四半世紀以上前
実父が亡くなった時
毒母をひとりにしておけないと
今まで住んでいた家を引き払い
1か月ほどで実家に帰って来た
弟夫婦だったが
毒母が弟の嫁を
何考えているか分からんと
私にさんざんグチり
弟は弟で母親の思いやりのない
言動を私にグチり
結局実父が亡くなって
1週間で告ってきたハゲ彼氏に
言われるがままに
ハゲ彼氏の隣のボロアパートに
引っ越した毒母。
しかし数年後
まずハゲ彼氏のボロアパートが
老朽化のために取り壊され
そして毒母が
住んでいたボロアパートも
同じく老朽化のために取り壊された。
毒母はハゲ彼氏に相談をし
実父の遺族年金を含む貯金をはたき
中古のマンションを買ったのだ。
そして毒母は弟に言った。
一緒に住もうと。
当時弟は1回離婚をし
2番目の妻と入籍をしていた。
弟からしたら
1回同居したのに
何を言っているのかと
理解に苦しんだと思う。
毒母からしたら自分の老後が
不安だったのだろうと思うが
実父が亡くなって
1週間で告ってきたハゲ彼氏と
お互いに介護しようねと
バカ丸出しでラブラブやったやん。
しかしハゲ彼氏とは
一緒に住もうとはしなかった。
毒母は私が物心ついた頃から
外面だけは100点満点だった。
間違いなく
化けの皮が剥がれるのを
怖れていたのだろう。
私が物心ついた時から
私に強く当たり私を虐げてきたのに
私が大人になってからは
単なる虚勢を張ったチキンだった
と見破ってからは
あー私は
こんな後先考えず自分本位の
考え方をしない父親似でよかったと
心から思ったのであった。
続きます。
このシリーズは
毒親に苛まれた仲間たちに捧げます。


