アメリカ高校11年生の娘の自己分析
今週から1ヶ月ほど日本に滞在するので、予約投稿を準備しました。2ヶ月ほど前から娘と一緒に学術論文を英語で書いていました。もう提出済みで受理され、出版されるのを待っている状態なので、この経験を何回かにわけて書いていきます。
前回 娘は目上の人と話すときは日本語の方が丁寧な感じになるので日本語で話したいと言ったということを書きました。これは相手が日本語も英語もわかることが大前提で、もしどちらかの言語しかわからなければ選択の余地がないわけです。例えば娘が通っている現地校の高校には日本語がわかる先生はいないので、当然すべて英語で話します。娘は英語で話す時も先生には丁寧な表現を使おうとしているし、立ち振る舞いがとても謙虚です。それは日本語を学び日本人としてのアイデンティティーが強いからだと思います。そして「よく日本語があまりわからない人がアニメのセリフとかを言っちゃってバカにされるのはそのスタイルを理解できていないためだ」と論文に書いていたのが印象的でした。つまり自分は「好きなメディア」を通して日本語を学んだけれど、いつどこで誰に対してどのように話すべきかをきちんと理解してから好きなメディアに触れたのでそういう間違いをしないですんだと思っているのでしょう。
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