アメリカ高校11年生の娘の自己分析
今週から1ヶ月ほど日本に滞在するので、予約投稿を準備しました。2ヶ月ほど前から娘と一緒に学術論文を英語で書いていました。もう提出済みで受理され、出版されるのを待っている状態なので、この経験を何回かにわけて書いていきます。
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① 前にもこの論文の口頭発表した時の様子を書きましたが、娘はアメリカの現地校より、日本人子女が通う週末の補習校の方が友達も多く楽しかったようです。現地校でも仲良しはいて、特に3年生の時に1年だけ通った公立の小学校はとても楽しそうでした。それでもどこかに「アウェイ感」があったようです。さらに今通っている学校には、日本では小6にあたる年から入学したのですが最初の1年で友達になった子はひとりを除いて、みんなコロナ禍にいなくなってしまいました。論文には書かれていなかったのですが、日本語補習校を楽しんだ理由、日本語の学習が嫌でなかった理由として、口頭発表では「友達の存在」をあげていました。確かに私の教え子を見ていても補習校出身の人たちはみんな「友達がいたから続けられた」と言っていました。親御さんの努力もあったと思いますが、何よりも本人が楽しめないと継続はむずかしかったと思います。そして子供の頃から補習校に通い、かなり高い日本語力を身につけて大学でもさらに日本語を学ぼうとする人たちは、それなりに日本語に対しての自信はあるのですが、どうしてもネイティブと比べられて劣等感を抱くことがあるらしいです。娘も「日本語はできなくても自分は英語が第一言語だからと思えるけど、英語で成績が悪いと落ち込む〜」と言っていました。「日本語は自分の楽しみのために習った」という気持ちがこのような価値観につながっているのだと思います。