最近、日本の大学の先生や教育関係の方と話をする機会が多くなりました。日本国内での日本人への「言語教育」は「英語教育」が主流で、英語を教えている先生方、英語教授法(TESOL, TEFL)の研究者・指導者とお話するともやもやすることが多いです。さらに最近は日本国内で「日本語教育」をしている方やその政策について議論している方々と話す機会もあるのですが、こちらも相当、もやもやします。
ハッキリと自分の意見を述べられる場では、もちろん実名でこちらの身分(教育学が専門領域)を明かした上で持論を語れるのですが、もう少し実際に言語を教えている方々に声を届けたいと思い、このブログにも書いていきます。
まずほとんどの人間にとって、生まれて最初の「ことばの先生」は「お母さん」であることが多いです。それが人にとって初めての言葉、最も強い言葉を「母語」という所以でしょう。
こういうことを言うと「え? お父さんは? そういうことを言うから『ワンオペ育児』なんて現象が起きちゃうんじゃないですか。」とおっしゃる方もいますが、子供は母体にいる時から、お母さんの言葉を聞いているので、インプットという観点で言うと、母親からのインプットは父親より圧倒的に多いわけです。
言語の先生は女性が非常に多いです。これまた「女性は、社会的地位が男性より低く女性の職業は限られていたからだ」と、この男女比率を社会の歪みと考える人もいますが、一般的に言って、女性の方が男性より「言語を教えた経験が豊富」であることから言語教育を職業を目指す人も多くなっているのではないかと私は思っています。
では「子供を産んで育てていない女性は、言語を教えた経験が少ないのか」と思う方もいるかもしれません。
ここで私が言語教育に携わる方に考えていただきたいのは、冒頭に書いた
いつ どこで だれが だれに 何(何語)を どのように 教えるか
の赤い字の部分です。
人口比率からいうと「自分の母語を、自分の子供に、親が自分にしてくれたように教えた」経験を持つ人は「自分の母語以外を、知らない人に、ある教授法を使って教えた(あるいは教えている人)」に比べてはるかに多いです。
そのため、日本人にとって「日本語(母語)を教える」ことは「誰にでもできる・誰でもやったことがある」と思いがちですが、「親が子に教える」のと「教師が学生に教える」のは何がどう違うのかを「習う側」から考えないと、言語はうまく教えられません。
これは日本の早期英語教育(おうち英語や英語の学童)についても提言するべきことなので、日本国内での英語教育に関して先に何回か書いてみます。(続く)
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