昨日海外に行かずに日本で「国産バイリンガル」を育成するためには
受験英語的なもの(英検だとかなんとか試験)で『学習』させないほうがいい
と書きました。言語力を評価する方法はいろいろあるのですが、何にせよ「評価」をしてしまうと言語の習得が人為的になってしまいます。
母語であっても「言語習得状況」はさまざまな形で評価されます。学校教育が始まれば「どのくらいの難易度の本が読めるか」「どのくらいの語彙数があるか」「何ができるか(読解、説明、問題の解答、スピーチなど)」は常に評価されるのですが、その時点ですでに「言語習得」の基礎はできあがっているのです。
子供は「今日はひらがなの『あ』から『そ』を覚えた」とか「アルファベットのA-Gで始まる言葉を30覚えた」というようには言語を習得していきません。
ザーッと浴び続けている「言語の波」から、ものすごく目の粗いあみで自分に必要なものだけをすくうように言語を習得しています。そして長い間、あみの中には何も残っていないようでも少しずつ積もってきて、ある日突然、目の粗いあみの穴が閉じてそこからはどんどん語彙や文字、文型が入っていきます。
この習得の速さを かの有名なチョムスキーは 人間にはLanguage acquisition device (言語獲得装置)が生まれつき備わっているからではないかという仮説をもって説明しようとしました。
ほとんどの子供は何かの拍子にこのdevice(装置)が働き、気がつくと話せるようになっているわけです。ある子供はとても早くから話せるし、ある子供はかなり遅かったり、人によっては一生言葉を発しないこともあります。
私は本当に人間にはこうした装置がDNAに入っているのかどうかはわからないし、わからなくてもいいと思っています。ただ事実としてほとんどの子供は自然に言語を習得するし、その習得速度にはかなりの個人差があることは認識しています。
それ(自然習得)と同じようにある程度の年齢に達してから、第二言語でやろうとしても母語の時のような速度では習得的ないし、母語のような完成度にならないということもわかっています。
では赤ちゃんの時から2言語を習得させることは可能かというと「もちろん可能です」と答えるのですが、何歳まで同時に習得していけるかは当事者(習得している子供)のさまざまな要因が影響してきます。
言語習得にはいわゆるlanguage acquisition plateau という ある程度のところで伸び悩む時期があるのですが、そこで満足するか否かによって言語能力や維持方法が変わってきます。
「どのくらいできていれば忘れずに使っていけるか」については、また別の記事で書きますが、今日言いたかったのは最近よく目にする
○歳で、英検▲級合格!
というのは、バイリンガル子育てにはマイナスの要因になるのではないかな〜ということです。