ダイエットを止めなかった母
私は中学くらいから、自分で料理をするのが好きになりました。そして高校に入ると自分と母のお弁当を作り、母からお小遣いをもらうようになりました。この頃、私は無理なダイエットをして体重が40キロを切ったことがありました。ほっそりしたのはいいのですが、生理が止まってしまい、トイレも我慢できなくなり、拒食症の一歩手前でした。
母は自分が子供の栄養管理をしていないことを気にはしていましたが、同じようにダイエットに精を出している女子高生をたくさん見ていたのであまり心配もしていないようでした。私に「もっと食べなさい」と強く言わなかったのは自分が太っていることを気にしていたからなのかもしれません。
母が胃がんになってしまい、みるみるうちに痩せてしまった時、しみじみと「私はずっと太っていることを気にして、食べたいものをがまんしてきたけど、いざ痩せたら今度は食べたいものが食べられなくなっちゃった」と悲しそうに話していました。私は自分が母が亡くなった年に近づくにつれ「食べたいものは食べられる時に食べよう」と思うようになりました。
自己分析
毒親の特徴の1つに「自分が叶えられなかった夢を子供に託し、自分を投影する」ということがある。また子供に無関心である親は、何に関してもかかわりを持とうとしないということもあるが、たいていは自分に興味がないこと、自分ではどうしようもないことに関しては、子供を放任する傾向がある。
...と英語で書かれている本(Toxic Parents)で見た時、母は私の外見(服装、体型など)にはあまり興味がなく、また自分の外見に少なからず劣等感を抱いていたので、私に何も言わなかったのかと思いました。