「子は親を映す鏡」というけれど、子供の発話を聞いていると 親がどういう話をしているかがわかります。
お母さんごっこでお母さん役の子供が「あ〜、やっと出て行った、さぁ 朝ドラ見ようっと」と言ったり、かなり長い発話を親とそっくりの口調で話したりしますが、この時点では まだ子供は自分で「文を生成している」わけではありません。
語彙は、社会との接点ができると、一気に増えて、それからの語彙数は、人生そのものを映す鏡になると言われています。次に就学前の語彙数について書きますが、ここ30年くらいのインターネットの普及や早期教育により、子供の語彙数は私たちが子供の頃よりずっと多くなっています。ただしこれはPassive knowledge (聞いたり見たりすればわかる)であって、実際に使用している語彙は50年くらい前から変わっていないようです。
親以外の人と子供が接するようになると、丁寧な表現や回りくどい表現なども使えるようになっていきます。
これはピアジェという有名な心理学者の発達理論ですが、現代の子供は「前操作期」に抽象的な数の概念を無理やり教え込まれるため、自分で量や距離の概念を経験を通して学んでいくことが難しくなっていると言われています。
まだ非常に「動物的」で、感覚と運動が直接結びついている時期、つまりお腹が空けば泣く、お母さんに甘えたければ抱きついてくる、疲れてくれば寝る、などが当たり前である時に「泣いちゃダメ」「親から離れなさい」と叱られたり、他者の視点に立って理解できない時期(Pre operational/Egocentrism)に、ちょっとでも自分勝手な行動を取ったり、他の子が嫌がることをしたら「問題児」扱いされることにより、発達に歪みが出てしまいます。
ちょっと話が逸れてしまいましたが、2つの言語を同時に習得することは可能だし、年齢相応に両言語が発達していくことは珍しいことではありません。ただ1つだけの言語よりは2つの言語を習得する方が子供にとっては負担が大きくなります。
そういえば我が子が5歳くらいの時、よく日本人のお友達と「お母さんごっこ」をしていました。娘はよく「お父さん」役をやっていました。たいていの子供は「お母さん」をやりたがるようです。娘は「ちょっと待って。今、やってあげるからね。」というフレーズをよく言っていました。夫は娘を仕事場に連れて行っていたことも多かったので、仕事中、娘にそう言って何かを待たせていたのかもしれません。一度、娘が「お母さん」役をやった時、携帯を耳と肩にはさんで「うん、うん、はい」とあいづちを打ちながらラップトップに向かってカチャカチャ指を動かしている動作をしていました。当時の娘にとって母親はいつも仕事をしている姿だったようです。その様子を見て、私はもう少し娘と一緒に遊んであげようと思うようになりました。ただその頃、娘は「ごっこ遊び」が大好きで、幼稚園でやったことを家に帰ってひとりで真似していたりしました。私が声をかけるとやめてしまうので、そっと内緒でのぞいていたのですが、その頃の経験が、今の娘の豊かな想像力を育んだのかなと思っています。

