「バイリンガルになりたい人、なりたくない人、なれない人」というシリーズの記事を投稿しています。これは今から7年前 2015年に日本の大学で講演させていただいた時に話した内容のリメイクです。

 

前回、「バイリンガルになりたくない人」についての記事を書きましたが、アメリカには「バイリンガルであることを恥じる」人もいます。
 
私は大学院留学をしたボストンの大学の留学生センターでアルバイトをしたことがありました。その大学は世界中から留学生を受け入れていることで有名で、聞いたこともないような国からの留学生も数多くいました。新学期には、留学生センターが留学生のための様々なイベントをおこなっていました。私が日本で留学準備をしていた時、留学生センターから冊子が送られてきました。非常に詳しくビザの取り方や必要書類などが書いてあり、アウトレットモールツアーからコンサート、カラオケナイト、ボストンの観光地ツアーなど本当にたくさんのイベントが載っていてワクワクしたのを今でも覚えています。
 
両親が亡くなり、もう帰る家もないんだと寂しい気持ちで一人で渡航した私が すぐに友人ができて楽しく生活できたのもこの留学生センターのイベントのおかげだったので、在学中はこのイベントのボランティアをしたりアルバイトをしたりしました。
 
その時に会ったふたりの大学生 ホルヘとアンヘラ。英語名はジョージとアンジェラです。ふたりは移民2世でニューヨークの出身でした。ボストンの私立大学に入学してきたので、高校時代はさぞ成績優秀だったのでしょう。英語はもちろんネイティブでしたが、ふたりともスペイン語もネイティブレベルでした。自分たちはアメリカ人ですが、この留学センターで留学生のために働いていました。
 
私がある日、アンヘラに「バイリンガルプログラムにいたの?」と聞いたら、彼女は「私は生まれた時から英語ができたのよ。バイリンガルプログラムになんて行かなかったわよ。」とけっこう強い口調で答えました。それをホルヘに話したらしく ホルヘに「君がそういう差別的な目で僕らを見ていたなんて...」というようなことを言われました。
この絵はこちらのサイトから借用しています。
 
ニューヨークに住むスペイン語圏からの移民は様々な階級の人が混在しています。
ホルヘとアンヘラがスペイン語ができる理由は彼らの両親が移民1世で親戚はまだスペイン語圏(南米)にいて、毎年 3ヶ月以上 親戚を訪ねていたからだそうです。
一度、アンヘラがニューヨーク(マンハッタン)の自分の家族の家に招いてくれたことがありましたが、ものすごい高級コンドのペントハウスでした。でもそこは本宅ではなくお父さんがビジネスのために住んでいて、彼女は平日は郊外の家から、カトリックの学校に通っていたそうです。
 
ホルヘもアンヘラも「インターナショナルセンターでバイトしているからスペイン語を使うけど、普段は親戚としかスペイン語を話さないし、自分がバイリンガルかと聞かれても自信を持ってYesとは答えない」と言っていました。
 
時々、日本からの移住したお子さん(新2世)が日本語を習おうとしない、使おうとしない、「日本語ができるの?」と聞かれても自信を持ってYesとは答えないことがあります。そういうお子さんは、ホルヘやアンヘラのようにバイリンガル=英語がまだ上手じゃないと思われると考えているのかもしれません。
 
ちなみにホルヘとアンヘラは私には「ジョージ」と「アンジェラ」と呼んで と言っていました。英語で話すときは英語名になるのは当たり前だと思っていたようです。それって中国や韓国の方が日本で漢字名を日本語風に発音されるのと同じ感覚なのでしょうか。
 

 

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