先ほど、娘が通った小学校では「バブルガムアプローチ」という方法で子供のリテラシーの初期発達を指導しているという話を書きました。
 
バブルガム(風船ガム)は口からプーっとふくらませたガムを出すものですが、マンガの吹き出しに似ていますよね。このように子供が口に出した言葉を大人がギューっと引っ張って「文字化」していってあげるという方法ですが、大人が文字化してしまう前に「子供に書かせてみる」ことが大切なのだそうです。そして子供が書いたものを「直さない」というのもこのアプローチの大事な点です。
 
実はこの「直さない」教育法は私が大学院でバイリンガル教育を研究していた時に私の指導教官がよく話していた方法でした。特に第二言語の習得の場合、親や教師が「直す」ことによってバイリンガル発達に悪影響が出る事例をよく見てきました。
 
そのため、娘が通った小学校が「バブルガムアプローチ」で子供の口から出てきた言葉をそのまま書いて、大人が直さないという教育法を先生が説明してくれた時にはわくわくしました。保護者の中には「恥ずかしいから、子供が書いた間違ったスペリングを貼り出さないで」という人もいましたが、私は全然気になりませんでした。
 

私はこの方法を我が子の日本語習得にも応用していました。日本語補習校の小学校低学年では毎週「絵日記」の宿題がありました。まず最初に娘に日本語で今週 何をしたか、何が楽しかったかを聞きました。娘が言ったことを私が書き留めてあげてそれを娘が写していました。

 

ある時、保護者懇談会で補習校の先生に「日記がいつもたいへん上手ですね。どのようになさっているんですか。」と聞かれ、説明するとビックリした顔をして「つまり お母さんが書いたものを写しているということですか?」と言いました。先生の口調は「子供の宿題をお母さんがやっているんですか?」というニュアンスでした。もし娘が現地校の小学校でやっているように自分で言ったことをそのまま書いたら先生は何を書いているかもわからないし、日本人の先生だったら、全部赤ペンで直してしまうかもしれません。

 

それで生意気な親だと思われてもいいと覚悟して、娘の先生に「我が子が通っている現地校はリサーチ校で先進的なアプローチを取り入れています。そこでおこなわれている方法に娘は慣れているので、日本語でも同じようにやらせてください。親が手伝った宿題は認められないというなら、出さなくてもいいですか。それで通知表の宿題の成績が悪くなってもかまいません。」と言いました。たまたま娘の小学2年の時の補習校の先生は大ベテランで、息子さんが大学で私のクラスを取ってくれたというご縁もあり、娘が通っている小学校のこともご存知だったので「そうですか。お母様がそうなさりたいならいいですよ。」と言ってくださいました。

 

  1. まず子供が「話してみる」
  2. 次に「話したことを自分で書いてみる」
  3. そして「書いたものを他人に見せる」
  4. 自分が書いたものを他人が読んでわからなかったら、そこで初めて「字(スペル)がまちがっているのかな?」と気づき、正しいスペルを探してみる
  5. 正しい字(スペル)、文に直してもう一度見せる
こういう段階をふんで「書く力」が習得されていくのですが、今までの先生の役割は「3」の部分でした。この時点で点数をつけられたり「間違い」を先生が直してしまうと最も大事な子供の「4」の作業ができなくなってしまいます。
 
4では、子供は辞書を使ったり、大人に質問したり、今ならインターネットを使います。子供はビックリするくらい速く自分が「知りたいこと」を見つけてきます。
 
我が子の場合、この時期の優勢言語というか、より多くのインプットがあったのは英語だったので、弱い方の日本語を放棄してしまうことを憂慮して、2の段階で親である私が一生懸命 手伝ってあげました。少し自信がついて日本語で書くことが楽しめるようになった小学校3年生くらいからは3の段階で私が見て「これって〇〇のこと?」と言うと「あ、そうそう」と照れ隠しのような顔をして直していました。その時の娘の表情が本当にかわいくて、子供ながらに「間違えたら恥ずかしい」という気持ちが強いんだな、と気づきました。
 
21世紀の子育ては20世紀生まれの親がされてきた教育をしてはいけない...とJohn Deweyの言葉の拡大解釈を座右の銘にこれからも娘のバイリンガル発達を支援してあげたいと思っています。
 

 

ランキングに参加しています。

クリックしてくださるとうれしいです。

にほんブログ村 子育てブログ バイリンガル育児へ
にほんブログ村