この記事は過去に起きた事件をプライバシーの保護もあり、あまりリアルに書くこともできないので、ドラマ仕立てに脚色を加えて書いています。
アメリカの大学院に留学した最初の年、社会学の教授が「人間は共通の敵を見つけると団結する習性がある」と言った言葉をよく思い出します。
例えばママ友間でもひとりでも「標的」になる人がいるとその人の悪口で盛り上がり、絆が強くなります。職場や労働組合など「戦う相手」が明確な場合、団結力が生まれます。
家族や親戚でも1人はBlack Sheep(外れた人)がいると、その人の悪口で盛り上がったりするものです。
家族や親戚がそれほど多くない家庭では 団結力に「共通の敵」が必要でない場合もありますが、それでも共通の話題がない人間が複数集まる場では、そこにいない人のゴシップは最も楽なコミュニケーションの道具になります。
私たちが結婚したばかりの頃は、義実家によく親戚が集まっていたようです。義実家は特に夏休みが快適に過ごせ、親戚の家(別荘)も敷地内にあったので、人がよく集まる家でした。また義母が生まれた時から住んでいた地域に義兄が住んでいたこともあり、義兄嫁はその地域のママ友がいて義母や親戚と共通の知り合いもいたようです。
その頃の義兄嫁は「ママ友から聞いた話」やら「義母の昔からの知り合いが言った話」など地元で仕入れたネタを話したり、連絡も取っていない私たちのネタでみんなに話題を提供していたようです。
おそらくその頃は義母も親戚も義兄嫁の話に同調していたのでしょう。私たち家族が日本に定期的に帰国するようになっても、そういう親戚一同が集まる時には「来ないで」と言われていました。
初めて娘を連れて帰国したのは娘が3歳半の時でした。冬だったので「寒いから下で寝てね。」と義母の部屋を提供してくれました。クリスマスのお祝いなど義両親と私たち家族3人で2週間ほど過ごし、お正月前に私たちはアメリカに戻りました。
こちらは「食べログ」から借用した写真です。こんな鳥の丸焼きも娘のために買ってくれました。
ちょうど入れ違いで、親戚家族総勢10人が来たのですが、正直 これにさらに義兄家族4人も加わり 全員大集合の19人は私たち家族には無理だったと思います。義母も私たちに気を遣って時期をずらしてくれたのだと考えていましたが、後からその親戚は義兄嫁から私たちの情報を聞いて 私たちを毛嫌いしていたことがわかりました。
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