アメリカは今週末に全米外国語教師会(ACTFL)の大会があり、来週がサンクスギビング(感謝祭)のホリデーです。
コロナ禍でわざわざ大会(学会)に行かなくてもいい私は家で興味がある発表だけ聞くつもりでいたのですが、自分の専門とは異なる研究のために呼び出されました。
その流れから、来年、日本の英語教育についての論文集を英語で出版することになり、来週からその仕事に取りかかります。
前にも何度か書いているのですが、バイリンガル習得を研究していると、言語学者と間違えられたり、英語教育の専門家と間違えられたり、第二言語習得について質問されたりしますが、私は言語学者でも英語教育の専門家でもありません。
そんな私が英語教育についての論文集に入れてもらうのは、かなり無謀というか人選ミスでは、、、と思うのですが「日本の英語教育」を「教育学」の見地から分析するのに、他国の言語教育の専門家が必要なのだそうです。
それでなぜか私が北米代表の1人。他にアジアの別国から3名、南米から3名、オセアニアから2人ヨーロッパから6人(日本がCEFRを導入したためヨーロッパが中心です)。アフリカが1名、アラブ諸国1名、ロシア1名です。
私のブレインストーミングのために、今日から10日間、日本の英語教育について私が考えていることをここに書いていきます。
それが論文の資料になるというわけではないのですが、よろしかったらおつきあいください。
まず第一回目の今日は、自分の専門でもある「バイリンガル同時習得」と「日本の英語教育」の関係について少し書きます。
現状の日本国内で、両親が日本語モノリンガルの場合、子供が通常の生活をして日本の教育(文部科学省認定の学校)で英語を学習した場合、日本語と英語のバイリンガルに子供がなる確率は0,5%以下であると推測されます。
ブログや一般書などで「おうち英語でバイリンガルになった」とか「まるドメ(まったく海外に出ないで日本だけで育った人)でもTOEIC900点」といった記述を見ますが、これは全人口の0,5%以下の人です。
アメリカの国防省が出している言語能力テスト(Language Aptitude)で上位0.05 % (0.5%ではありません)、つまり1000人に5人は、子供の頃にまったく触れなかった言語を言語敏感期がすぎてから習ってもネイティブスピーカーのようなレベルになります。以前は50人に1人はネイティブスピーカーのように話せるようになる、という数字を出しましたが、これは発音がネイティブのようになるということで、その言語を自在に扱い、ネイティブスピーカーのように話せるという意味ではありません。
さらに日本語と英語は言語距離がある(つまり似ていない)言語なので、両言語の同時習得、または後続習得は他の言語間(例えばスペイン語とイタリア語の組み合わせなど)より難しくなります。
そのため、日本の英語教育は「英語ペラペラ(って死語ですか?)」を目指すのでもなく、ましてやネイティブスピーカーのようなレベルにすることを目指すのではなく、そうはなれない95.5%の人に何ができるようになればいいのかを提示することから始めるべきだというのが私の持論です。
明日は、日本の英語教育で何ができるようになるといいのかについて書きたいと思います。
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