今でこそ、情緒が安定していて他人の悪口を言ったり、不満をぶちまけたりしない どちらかと言えば「おっとり型」の我が子ですが、幼い時は本当にかわいそうになるくらいひどい「イヤイヤ期」が長く続きました。
「魔の2歳」という言葉がありますが、娘が2歳の頃は比較的おとなしい子供でした。それが2歳半でプリスクールのクラスに入れられると新しいクラスに順応できず、いろいろな問題が起きました。
そこでクラスを変えてもらう相談をした時、プリスクールの先生が言いました。
XX(うちの子)は人への愛着が少ないです。
今日 このクラスに入って3ヶ月も経ってXX(うちの子)は、初めて私の名前を呼びましたが、ふだんは私が誰かもわかっていないみたいです。
他のお友達とも仲良くしたいという感情がないみたいです。
確かにこの時期、言葉で多くのことを表現することができなかった娘は口が達者な子供に比べ、感情表現が乏しく見えたかもしれません。2歳後半ともなるとアメリカ人の子供は「大人への愛想」が上手になり、私に向かっても「そのバッグ、かわいいね。」のように持ち物を褒めたりする子もいました。
では娘がどうして「感情表現」を英語で言えなかったのかを専門的に解釈してみます。
日本語で自分の感情を表す時にはたいてい形容詞1語を使います。
うれしい
おいしい
たのしい
娘は英語ではこういう一言で自分の気持ちを表すことはせず、文章(full sentence)にしないと表現できないことに4歳すぎまで気付きませんでした。未だに「日本語って便利だよね〜。」と言うので潜在的にこの表現の違いが頭に入っているのだと思います。
4歳過ぎから I like it. I love it. I like ~ing..... I like you. を多用するようになりました。この表現が自分のその瞬間の「喜び」を表すことがわかったようです。
悲しみを表す表現は「かなしい」がありますが、子供は「かなしい」とは言いません。
その代わり 子供はよく泣きます。この行為は日本語、英語に関わらずどちらでも通用します。
怒りを表す表現は「むかついた」「頭にきた」などがありますが、子供はそのように自分の怒りを表現しません。
言葉の代わりに行動(ものを投げたり、人をぶったり)に出ると、大人から注意され、子供は徐々に怒りの感情を自分の中で処理するようになっていきます。ここで注意している大人が何をしたいか(つまり怒りの感情をどのように処理するかを教えること)を子供に明確に伝えられないと、子供は混乱します。
この頃、娘が怒りを表す時に、まるで「半沢直樹」のようにすごい形相になることに気づき、かわいい2〜3歳児がこんな顔をするのはどうしてなんだろうとネット検索をしまくったことがありました。
今でもどうしてかはわかりませんが、Face expression (顔の表情)で感情を表すことを無意識に習ったのかもしれません。
最後にアメリカ人の先生が言った「名前を呼んでくれない」件ですが、これは日本文化の影響だと思います。
私はアメリカに住んで30年が経とうとしていますが、未だに自分の先生をファーストネームで呼べません。
私の恩師は、私の博士論文のディフェンスの最後に
Congratulations. Dr. XX(私の苗字). Please call me by my first name from now on.
おめでとう、ドクターXX これからは私のことをファーストネームで呼んでね。
と言ってくれましたが、いまだに先生のことをDr+last nameで呼んでいます。
私は娘と話す時はいつも「先生はなんていった?」「先生にごあいさつした?」のようにデイケアセンターの先生をみんな一括りに「先生」と呼んでいたので、先生を名前で呼ぶという発想自体がなかったのだと思います。
当時の娘が人(他人)への愛着が多かったのか少なかったのかはわかりませんが、少なくとも私のことは大好きで、いつもくっついて離れたがらなかったし義母(おばあちゃん)やパパも大好きだったので、デイケアセンターの先生にこのように言われたのはかなり心外でした。
このような経験から、私は保護者の方と話す時は かなり言葉を選ぶようにしています。
もちろん保護者の方が見ていないお子さんの状況を話すことは大切ですが、いろいろな文化や言語背景、家庭環境をよく理解した上で話さなくてはいけないということをこの経験から学びました。
ランキングに参加しています
クリックしてくださるとうれしいです。