昨日、「私は人質として、(日本語補習校で)働いている」なんて、失礼なことを書いてしまいましたが、実は「人質として取られている」という表現は、以前にある保護者が言った言葉が頭に残っていたからです。

 

ある人が「学校の保護者は子供を人質に取られているから、学校に不満があってもなかなか言えない。だから子供が学校を去るとき、思い切り文句を言った」と言っていたことがありました。

確かに「学校に嫌われてはいけない」と思うとなかなか学校や先生に文句を言えない保護者は多いと思います。

 

私は我が子を通わせるうえで、現地校と呼ばれる月曜日から金曜日に通う学校でも、土曜日の補習校でも納得がいくまで、先生に自分の意見を言ってきました。それは、ともすれば「モンスターペアレンツ」と言われかねないので、なるべく意見が言いやすい立ち位置(教員であったり、役員だったり、リサーチャーだったり)として関わってきました。

 

アメリカの現地校では、アメリカ人の言いたいことだけ言う親に比べれば、ふだん寡黙にお手伝いする私のようなママは、先生にもそこそこ気に入られ、教育学が専門なので話もよく聞いてくれたりはします。

 

日本語補習校でも、さりげな〜く自分の専門の話をしたりして、「こんな風にしていただけたら、子供も喜びます〜。」くらいのソフトなアプローチをしてきたのですが、先生によっては全然 話を聞いてくれないどころか、非常に警戒する方もいて、ちょっとしたことをお願いしても過剰に反応され、やりづらいことが多かったのも事実です。

 

私は、正直、日本国外に住んで、「補習校」と呼ばれる学校に週1回通っていれば、日本語が上手になり、平日は現地の学校に通っていれば、現地の言葉がネイティブのようになるとは決して思っていません。

 

そうでない子もたくさん見てきているからです。そして、補習校に通いながらも、日本語がどんどん弱くなっていくと、日本語が日本が嫌いになり、せっかくそれまで努力したことを「無駄な時間だった」と否定してしまう人にもたくさん会いました。

 

そのような経験から、私は日本語補習校に通うことが、日本国外で日本語を学び、保持する唯一の方法だとも思いませんし、嫌がってまで行かせるところでもないと思っています。

 

我が子は、たまたま一度は嫌がった補習校を、別の学校に転校したことによって通い続けることができ、結果として日本語力が安定し、「日本語で学ぶ」ことができるようになりました。

けれど、これは本当に「たまたま」我が子が日本が好きで、親もそれほど必死にやらせなかったので、続けることができたんだと思います。

 

もし、お子さんが、ある時点で「日本語は嫌。日本語の学校に行きたくない。」と言ったら、少し待ってあげることも必要じゃないかと思います。

「今、やめたら、もう日本語ができなくなってしまう。」という強迫観念で嫌がる子供に無理やり やらせてもかえって逆効果ではないでしょうか。

 

そして、多くを期待しないこと。

習い事の一つくらいで「上手にならなくても、途中でやめても大丈夫」くらいな気持ちでいることが大切だと思う今日この頃です。

 

 

 

 

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