アメリカの大学院に入ってから住み始めて早25年、その前の滞在も含めると28年、アメリカに住んでいます。
もう日本に住んでいた期間より、アメリカに住んだ期間が長くなり、その前の海外生活も含めると、私はもはや「日本人」と言いづらい域になっています。
当たり前ではありますが、日本に住んでいない期間が長くなると、日本語や日本文化から疎くなります。それは自分の能力の衰えというよりは、他言語、他文化を吸収する量が多くなった証とも言えます。
先週の日曜日、高校生が日本語でスピーチをするコンテストを見て、高校から日本語を学び始めた生徒さんと、子供の頃から日本語を話していた生徒さんのレベルの差をまざまざと見せつけられました。この2つのグループには超えられない壁があると感じました。
けれど、高校から、または大人になってから、外国語を1から学ぶことは不可能だというわけではありません。ただ、大人になってから学び始めた言語が、母語話者と同じレベルに達するのは、本人の努力以外に、相当の言語学習能力が求められることは確かです。
今週末の日本語補習校の卒業式を前に、我が子は最後の宿題をすませ、卒業式でのスピーチの練習に入りました。
せっかく買い揃えたワークブックやドリルを終わらせないままに、卒業というのは、先生も心苦しいのでしょうが、最後の最後に習ってもいない単元のドリルを宿題に出すよりは、もっと意味のある宿題を出して欲しかったと思います。
また補習校に通う生徒さんの中には「小学校」を一つの区切りにしている人も多いでしょう。
そんな門出の日に、残っているドリルの宿題を答えを写しながら提出するのではなく、一生の思い出に残るような課題(宿題)を出してあげられたら、と思います。
子供の頃に、2言語で学習し、多くの宿題をこなす辛さ。
さらには、どちらの言語でもモノリンガルに引けをとっていると感じてしまうことへの問題。
そんなことを考えながら、海外でバイリンガル教育を強いられているお子さんの親御さんにお願いしたいこと。
それは、いつ辞めたとしても2言語で教育を受けたことは、生涯の宝となること、そして途中で辞めたことは決して「挫折」ではないことをお子さんに伝えてほしいと願っています。
