世界中の情報がインターネットを通じて簡単に手に入り、自動翻訳の技術が進んできた今、「図書館」や「学者」の存在は、確実に20年前と比べて変わったと言えます。このインターネットという革新的な情報発信ツールが確立されるまでは、知識を得るためには「図書館」に行って書物を調べたり、いわゆる「専門家」の教えを請うのが一般的でした。
私の母は「インターネット」を知らずにこの世を去りました。もし母が今も生きていてこの時代にいたら、どんなことを世界に向けて発信していただろうと思うことがよくあります。
母は、社会科の教師でした。大学の専攻は「哲学」でしたが、社会科の教員免許を取り、歴史を主に教えるようになりました。「近代史研究会」の会員になり、世界史の教科書の執筆委員にも選ばれていました。母が特に興味を持ったのが「北アフリカ史」でした。母はイスラム教の建築物を見て、その素晴らしさに魅せられ、イスラムの歴史に非常に興味を持ち、何度もイスラム圏(特に北アフリカ)に足を運びました。
母はよく「高校で世界史を教えているとね、古代から現代に向かって教えるから、一番大事な『現代史』を教える頃にいろいろな行事が入って授業がつぶれて、ちゃんと教えられないのよ。」と言っていました。確かに私も日本の中学や高校で、「現代史」を授業で習った記憶がありません。
海外に出て、様々な国からの留学生と話すと「現代史」(特に第二次世界大戦ごろから)は、国によってまったく異なる解釈や内容で教えられていることに気づきました。
実際に、小学6年生の我が子もまったく違う内容を日本語補習校と現地校で習っています。
これから数回に分けて、母の思い出と娘の学習内容、そして私が長いアメリカ生活で気づいたことや感じたことを「世界史」の教え方を軸に書いてみようと思います。
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