★遺された者の想いと急展開。 | 40歳からインテリアブランド始めました★瑞希

40歳からインテリアブランド始めました★瑞希

華アーティスト
インテリアコーディネーター

スパイスアップリビング
というインテリアブランドにて
自分で創った生花アート作品を撮影し
アートパネルやインテリア雑貨にして販売しています

遺された者の想いと

急展開


そんなテーマで

久しぶりに顔出し配信



インスタライブはコチラ


約2週間前

家族で久しぶりに京都へ初詣に

行き





清水寺近くの 

八坂庚申堂さんへお詣りしてます



その後

子ども達のリクエストで

金閣寺へ



近くで

美味しいお蕎麦屋さんを

見つけて



さあ食べよう



としたところで



電話がかかってきた




送り先の荷物の方が

お亡くなりになられてるのですが




すごく困惑した声で


クロネコヤマトからだった



そこで私は初めて

私に華を教えてくれた師匠の死を

知ったのだ



作品はコチラ

ツルウメモドキは

先生が教えてくれた花だ



私は大学2年の時から

いけばなを始めた


キッカケは

大学の授業で


先生が




この中にいけばなをやってる奴いるか?




と訊いたのに


誰もやってなくて


それを見た時に



みんなやってないなら、私がやる


いけばなをやって

少しでもデザインで抜きん出たい



そういう気持ちからだった


実家の母と話し合って

門を叩いたのは


京都仁和寺発祥の

御室流といういけばなだった


その流派は

九州では熊本の玉名にしか

先生がいなかった


雨風は凌げるけど

昔のままの家に

老夫婦二人が住んでいた


その暗さと古さに

二十代の私はしんどくなり


毎月

通ったり通わなかったり


決していい生徒ではなかった


そんな私を

先生はお昼ご飯を作ってくれたり

お弁当を持たせてくれたりした


そんな有り難みも

当時はよく分かってなかった


社会人になってからも

帰省の時を利用して

年に2回は通い

足掛け10年は通った



作品はコチラ



結婚して子供が産まれ

子どもを見せに実家に寄って

追い払われたけど


先生は

温かく私達家族に

食事の席を設けてもてなしてくれた




最後に会ったのは

5年前


次男が産まれたのを

見せに連れてった時だった




先生は白髪の長くして

お団子にまとめていた人だったのに  


その時の先生は

バッサリとおかっぱになっていた



私は先生に


髪を短くして

お若くなりましたね


と褒めたのだけど


それは後に


老人ホームに入居し

入浴するのにスタッフが手間取らないよう

短髪にさせられたのだと悟って

胸が締め付けられた



作品詳細はコチラ




耳が遠くなり

耳鳴りがするから


電話でのやりとりが

出来なくなり


毎年のお中元とお歳暮と

それに添える近況の写真と手紙が


唯一の生存確認だった



いつも


元気で手紙が返ってくるのを

祈りながら

やり取りをしていた



コロナが収まっていたなら

会いに行きたかった


今年こそは…と

思いながら

最後に会ってから

5年の月日が経っていた


 


作品はコチラ



先生の死を知って


悲しい気持ちと


どうして知らせてくれなかったんだ

という怒りが


心の中に拡がった



老人ホームの人に


お墓の場所を知りたいから

親戚と繋いで欲しいという

願っても


プライバシーや

今後の業務に差し支えるからと

断られて


人に対して

すごく懐疑的になった




でも、断られても

老人ホームの人にもう一度お願いするしか

ないと思ったけど


なかなか電話をするのに

気持ちも指も重たくなった



今日こそは電話しないと…

そう思った日とタイミングで


先生の姪が

電話してきてくれた




生前、何かあったら

私に知らせてほしいと頼まれてたのだが


連絡先が分からなくて

今の連絡になったとの事だった



そこでお墓の場所も

だいたい分かり

胸のつかえが下りた気がした



先生が亡くなる前に

YouTubeを始めてよかったと

思った



私が伝える花の中に

先生の魂は宿っている


だから

私が花を伝える限り

先生は生き続けるし


教えてくれた事は

拡がっていくんだ


そういう想いを

ちゃんとインスタライブで話したくて

話しました



これからも私

精進して頑張ります