遺された者の想いと
急展開
そんなテーマで
久しぶりに顔出し配信
約2週間前
家族で久しぶりに京都へ初詣に
行き
清水寺近くの
八坂庚申堂さんへお詣りしてます
その後
子ども達のリクエストで
金閣寺へ
近くで
美味しいお蕎麦屋さんを
見つけて
さあ食べよう
としたところで
電話がかかってきた
送り先の荷物の方が
お亡くなりになられてるのですが
すごく困惑した声で
クロネコヤマトからだった
そこで私は初めて
私に華を教えてくれた師匠の死を
知ったのだ
ツルウメモドキは
先生が教えてくれた花だ
私は大学2年の時から
いけばなを始めた
キッカケは
大学の授業で
先生が
この中にいけばなをやってる奴いるか?
と訊いたのに
誰もやってなくて
それを見た時に
みんなやってないなら、私がやる
いけばなをやって
少しでもデザインで抜きん出たい
そういう気持ちからだった
実家の母と話し合って
門を叩いたのは
京都仁和寺発祥の
御室流といういけばなだった
その流派は
九州では熊本の玉名にしか
先生がいなかった
雨風は凌げるけど
昔のままの家に
老夫婦二人が住んでいた
その暗さと古さに
二十代の私はしんどくなり
毎月
通ったり通わなかったり
決していい生徒ではなかった
そんな私を
先生はお昼ご飯を作ってくれたり
お弁当を持たせてくれたりした
そんな有り難みも
当時はよく分かってなかった
社会人になってからも
帰省の時を利用して
年に2回は通い
足掛け10年は通った
結婚して子供が産まれ
子どもを見せに実家に寄って
追い払われたけど
先生は
温かく私達家族に
食事の席を設けてもてなしてくれた
最後に会ったのは
5年前
次男が産まれたのを
見せに連れてった時だった
先生は白髪の長くして
お団子にまとめていた人だったのに
その時の先生は
バッサリとおかっぱになっていた
私は先生に
髪を短くして
お若くなりましたね
と褒めたのだけど
それは後に
老人ホームに入居し
入浴するのにスタッフが手間取らないよう
短髪にさせられたのだと悟って
胸が締め付けられた
耳が遠くなり
耳鳴りがするから
電話でのやりとりが
出来なくなり
毎年のお中元とお歳暮と
それに添える近況の写真と手紙が
唯一の生存確認だった
いつも
元気で手紙が返ってくるのを
祈りながら
やり取りをしていた
コロナが収まっていたなら
会いに行きたかった
今年こそは…と
思いながら
最後に会ってから
5年の月日が経っていた
先生の死を知って
悲しい気持ちと
どうして知らせてくれなかったんだ
という怒りが
心の中に拡がった
老人ホームの人に
お墓の場所を知りたいから
親戚と繋いで欲しいという
願っても
プライバシーや
今後の業務に差し支えるからと
断られて
人に対して
すごく懐疑的になった
でも、断られても
老人ホームの人にもう一度お願いするしか
ないと思ったけど
なかなか電話をするのに
気持ちも指も重たくなった
今日こそは電話しないと…
そう思った日とタイミングで
先生の姪が
電話してきてくれた
生前、何かあったら
私に知らせてほしいと頼まれてたのだが
連絡先が分からなくて
今の連絡になったとの事だった
そこでお墓の場所も
だいたい分かり
胸のつかえが下りた気がした
先生が亡くなる前に
YouTubeを始めてよかったと
思った
私が伝える花の中に
先生の魂は宿っている
だから
私が花を伝える限り
先生は生き続けるし
教えてくれた事は
拡がっていくんだ
そういう想いを
ちゃんとインスタライブで話したくて
話しました
これからも私
精進して頑張ります














