次々に沸いて出てくるアラシゴト、
追いかけきれていなくて
ぼんやりと曲を聴いています。

このごろ、まわりでも
歌声などについて言及されている
記事やコメントをわりと多く目にしたけど
どんなシンクロなんだろう。
あれこれ読ませていただいていたら
続きを書こうと思いつつ
ほったらかしていたこと、
やっぱり書きたくなってきました。
皆さんの書かれたことと重なるところも
多くなりそうなのですが。



前々記事で (→ ヴォーカリスト大野智 )
きちんと「しくみ」を理解しないまま
倍音という言葉を使って
自分で引っかかり
ちょっと調べたりしてました。


(ご存じの方には釈迦に説法ですが ^^;)
倍音というのは
耳に意識される音(声)とは違う
(その整数倍の)周波数(高さ)の音(声)
といいますか。
つまり聞こえてると思う音とは
違ういろいろな高さの音が
実は含まれているということ。

これが多い方が
輪郭のはっきりした良く通る声になり、
少ないと
輪郭のぼやけた、こもった声に聴こえる。
一般には 倍音の多い方が耳に心地よく
倍音はボイストレーニングで
コントロールできる
……などということだそうです。


それで
なめらかな磁器の表面みたいに
整っている今の声と違って、
若いころの大野さんの声が
ちょっとざらっとした感触なのは、
倍音の含まれ方が違うせいなのか
と自己流に納得したのでした。

歌ううちに 鍛錬するうちに
発声がだんだん洗練されて
倍音の豊かな
澄んで かつ ふくよかな声に
変わっていったのかな、と。


でも 若いころの
時に少し鼻にかかったりもする、
あのちょっと「ぎざぎざ」で甘い歌声も
それが味で
とても好きなんですけどね。
若いのに くすぐるようにセクシーで。
あの若智の声がお好きなかたも
多いだろうと思います。


一方で 今の声で
Imaging Crazyを聴けば
あんなに多彩な声が奏でられるのは
やっぱりすごくて圧倒される。



あれこれ思うにつけても
彼の歌声の魅力は
たとえば声楽家の見事な歌唱に
感動するのとは
ちょっと違うところにある気がしてくる。


高音と低音とで
音色がまるで違うこととか、
あの細胞を震わせるような声の秘密は
最後までは説明しきれないのかな。

だから よけいに
どこまでも
追いかけていたくなるのでしょうか。




5人でのユニゾンなどのこともあって
歌い方がどこまでも素直なのは
私的には好ましくて

年を経ても
色合いや表情は豊かに
でも ずっと素直なままの歌声を
聴かせてほしいと思います。



昨年のソロはもちろん1曲。
でも、アルバムとシングルのカップリングも含めると
26曲はレコーディングしてる。
本人的には、歌った、と実感があることでしょう。
グループとしての充実度を考えれば
ソロ活動の欲までは出ないのも
しかたのない面はあるかな。


でも、いつかは ソロアルバムも出して
そして
多くの方も言ってらっしゃるように
それがカバーアルバムであったら。
オリジナルと聴き比べをしながら
大野智の声の秘密をさぐる旅に出るのも
楽しみなことです。


もっと先には
小さなライブハウスなどで
間近で あるいは 
おともだちが言っていましたが
マイクさえも通さず
歌ってくれたりしたら
素敵じゃないでしょうか。


見果てぬ夢かもしれないけれども
かなったら 幸せなことです。



takeme@08-2





あの歌声が間近で聴けたら




歌う姿が
どこまでも美しいのを目にしながら
あの歌声で
自分が みっしりと満たされていく
その至福が 手に入ったら