謎多き八幡神様(2) | Just One of Those Things

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八幡神の出目 』から始まっております、『謎多き八幡神様 』。


『延喜式』は「神名帳」の「豊前国六座(大三座・小三座)」の項を見てみると、「宇佐郡三座(並大:みなだい)」として、次の三座があげられています。


「八幡大菩薩宇佐宮(名神大)」・「比売神社(名神大)」・「大帯姫廟神社(名神大)」


すなわち、それぞれが現在の宇佐神宮の三つの本殿に対応しています。(注:『八幡神の出目 』参照のこと)


そして、ここで注目しなければならないのは、『延喜式』が編集されている10世紀の時点で、八幡大神が八幡大菩薩の名で登場していること、それに大帯姫廟神社とあるように香椎宮と同じく大帯姫の、廟であったこと、という点です。


このことから、宇佐神宮からの流れに右倣えしていますと、祭神について最も詳しい香椎宮のある宮司さんの話。宇佐神宮の資料が火事で消失してしまっているので詳細がわからないのが難点だと申しておりました。気持ちばかりの奉納にかえってきたのがお神酒と資料…o(〃^▽^〃)o♪ この資料、宝としております(。-人-。)


また、比売神社といえば、宗像大社と同じ祭神であります。このことから、繋がっておりましたね、と、宗像大社へもと心ばかりの奉納で参拝しましたというのが、先月吉日の話。勿論、宇佐神宮へも大貞神社へも、先月吉日に心ばかりの奉納で参拝しました。


問題点とされているところは、この三座が現在の祭神とイコール関係になるのはいつごろなのか、ということです。


さらに、8世紀に成立した『古事記』や『日本書紀』が宇佐八幡について全く触れていないことです。このことについては、『八幡神の出目 』で触れていますが、『謎多き八幡神様 』でも触れたように、宇佐八幡の成立や起源については、神道・宗教・歴史・・・等々の諸学会の謎になっています。



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八幡大神系列が、なぜ、伊勢神宮と関わりあるのか、必ず伊勢神宮に関する奉納旗があります。宇佐神宮に行くと、各授与所とは別所に伊勢神宮のコーナーまであるというわけで、これについては、おいおい、調べようかなと・・・。


偶然、転勤に至ったところが、至ったところ。自宅よりすぐ近所(自転車でいける距離)に八幡宮があり、そこではなぜか、伊邪那岐命、伊邪那美命と共に祀られています…。開発のはじめにあたり勧請されたお宮で、宇佐八幡大神をこの地に勧請し、開拓にあたったと言われています。なぜに、息長帯姫尊と共に伊邪那岐命、伊邪那美命と共に祀られているのかは不明。八幡大神に天照大神が関連するらしいあたりについては、ほぼブラックボックス化しています、このあたり。


つまりは、都市開発であったため結び付けたらしい、ってことでしょうが、仲哀天皇と息長帯姫尊と共に祭られているところによれば、なんです・・・(-"-;A 気になるあたりが、近郊にある高千穂神社の由来。『延喜式』が編集されている10世紀の時点で八幡大神が八幡大菩薩の名で登場していること、それに大帯姫廟神社とあるように香椎宮と同じく大帯姫の、廟であったこと、このことから歴史上、学説ではその結び付け方は間違いですよ、ってことになりますが、これは火事で消失してしまったのが原因か、当時、高千穂神社にあやかりたかったのが真の原因か、永承年中(1050年)頃勧請されたものです。



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尚、高千穂神社の近郊には菅原神社が2つあり・・。これに対し、宇佐に関係ある福岡県内には、倒津八幡宮、香椎宮、宗像大社・・・。それに、太宰府天満宮がありますねと・・。これも偶然ですが、宇佐神宮と同様、私の家系(これは母親側)の家のすぐ近くにありました。私が住むところもこれらの近くにありました。何の因果でしょうね…と、気になるところです。