久しぶりの投稿で、お墓参りは、昨年のお盆以来かな? 帯状疱疹の痛みで大変
でした。ほぼ痛みもほぼ治まり、気に掛けていたご先祖のお墓参りに出掛けました。
朝から久しぶりの新幹線で、京都へ。お墓のある、太秦へ、タクシーで。
桜も咲き始めて、観光客で結構混んでおり、JR嵯峨野線は相変わらず、
インバウンドのお客さんで満員で、車内では日本語が聞けません。
お陰で夏以来のお墓参りで、故郷の街角も懐かしさで一杯で、何処かからオバサンが
『teruoちゃん‥』声を掛けてくれるのを、期待していましたが、そんな幸運にも
恵まれなかったです。近所に住んでいた同級生はどうしているのかな? 仲良くして
くれたおネェサン、妹さんは??・・その家もなくなっていました。
ブラブラ歩いて、地下鉄で三条河原町へ・・地下街を抜けて『本能寺』で
織田信長さんのお墓を参りました。観光客が沢山お詣りでした。

此処で、宿泊中の織田信長さんが、討たれたのですね。
このお寺の側に、沢山のお地蔵さんをお祀りした、お堂があり、お参りに立ち寄り
ました。如何にも京都らしいお地蔵さんで、しばし静かに手を会わせました。

この辺り、寺町通り、新京極通りで大変賑わっております。
新京極通りは、昔はお上りさんの通り、と呼ばれて京都市内を訪れる人々の定番で
お土産物屋、今日食べ物、娯楽場、寄席が並び、大変にぎわっていました。
今は京都見物の女性、修学旅行生、海外からの旅行者が、土産物を品定めし楽しんで
います。中国からの観光客は激減で、静かですが、その他の国からの来客で賑わって
居ました。皆さん、春の京都を楽しんでおられる様でした。
暫らく、極ブラ(新京極をブラブラの意)を楽しみました。昔の寄席が名前が変り
映画館もすっかり雰囲気を変えて、残っています。狭い路地(路お地・・京都弁)を
ブラブラし、お店の『都踊り』の赤ちょうちんを、懐かしく眺めて、河原町通りから
『路お地』を抜けて、木屋町筋へ・・。高瀬川を挟んで、喫茶、飲み屋、クラブ、
等‥ネオン街です。この辺りはムード溢れる夜の世界でした。
路お地を抜けると、ホテルの中庭で観光客や、近所の人が、敷物を広げお弁当でした。
此処は元は、小学校の校舎で、モダンなコンクリート建てでしたが、少子化で閉校で
今は、観光客相手のホテルで、賑わっています。懐かしい建物に出会いました。
前の川は『高瀬川』で小説『高瀬舟』でお馴染みで、夕方からの風情の良い所です。

丁度お昼時で、近くのお店は行列でした。京都産の小麦粉が材料と言う麺類の
お店で『おめん』と言う名前の食べ物が、冷たくて、とても美味しく上品で、京都の
味にひったり、カウンター越しの女将の姿を楽しみつつ、一寸一杯で楽しみました。

木屋町筋から『路お地』を抜けると『先斗町』ですね。
『富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も・・・』良い気分で歩きました。
四条通りに掛かる『四条大橋』を渡ります。
鴨川の流れから、上流を望みます。右手奥は滋賀県と境を接する、比叡山ですね。

四条大橋の西端は、有名な中華飯店があり、中学校のクラス会で使いました。

この飯店の向かい側には、『南座』と言う劇場です。
高校生の頃『故松山恵子さん』のワンマンショーを見に行きました。小柄な体を
一杯に使い、『お別れ公衆電話』『あんこ椿は恋の花』等を唄う『おケイちゃん』が
懐かしいです。でも大分歩き疲れましたぁ。
この辺りから、東正面には『八坂神社』が、四条通りを挟み、左右に『祇園町』が
続き、観光客がゾロゾロ・・・何時もの京都の観光風景ですね。
祇園町を斜めに横切り、東山通りへ・・。
もう疲れたので、その辺りからタクシーで、京都駅へ。
一寸早いけれど、駅で『焼き鯖弁当』を買い、15時過ぎの新幹線で帰宅しました。
お陰で約15000歩を完歩出来ました。