さて。
時々、
そんな想いに襲われること、皆さんにはありませんか?
私自身について言うと・・・
私はドクターではありません、
自ら「あなたの身体はこうです」を
生み出すが出来ません。
じゃぁ、経営者なのかと問われれば、
それもNO!
ボディーワーカーという存在・・・
今はそれなりに存在意義とホコリを
持っているので迷いはないので
それでも時々、
己の能力のなさに愕然とすることはあります。
先日読んだ、スティーブジョブズの言葉。
彼と私じゃスケールが全然違いすぎるので
同列に考えるのはそりゃぁほんと失礼かもしれませんが(苦笑)
でも、スケールは別としても、
言ってることはすごく共感できるものがありました。
アップル社のi podやi padを実際に開発したのは
すぐれた技術者たちであって、ジョブズ本人ではない。
ジョブズは技術者ではないのです。
会社の経営は、すぐれた経営手腕を持った人物が担っていて、
やはりジョブズ本人の能力ではないという。
彼は経営者でもないのです。
じゃぁ、ジョブズって何者なのでしょう?
ジョブズは言う。
「すぐれた技術者や頭の切れる人材がいくらいても、
それらを最終的に束ねる重力のようなものが必要なのだ。」
・・・と。
会社のトップに、決断力、先見の明、
具体的な能力があるなら
でも、それ以上に、もっといいのは、
哲学と情熱のすごさで人を惹きつける人間がトップにいること。
そういう魅力をジョブズは
「重力」という言葉を使っていました。
技術者でも経営者でもないジョブズは、まさに情熱を失わず、
人と人、技術と技術をつなぎ接点をもたせる
「重力」でありつづけました。
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それを私にあてはめるなら
人の心と身体をつなぐ、重力になるために
こういう状態を保ちたいをつくりたい!という
情熱と、ビジョンと、哲学を持ち続けることが
何より必要ということかな。
身体のすみか。
心のすみか。
二つとも、つながっている。
深いところで、いつも関係しあっている。
身体のすみかは、「家」だとしたら、
わたしたちの心のすみかも、
自分の中に存在しています。
気持ちいい場所で暮らしたいのと、
気持ちいい心の状態を保ちたいのは
とても似ているような気がするのです。
お金儲けがしたいのか? NO!
いい人と思われたいのか? NO!
満足するような「すみか」を作りたい YES!
単純に、それだけなんだということを
ジョブズの言葉を読んで、
再認識したしだいでございました。
というわけで。
「見る目を養わなきゃいけない」のと
「NO!といえる勇気

