さよーならまたいつか! | sgtのブログ

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私の座右の銘は2つあります。ひとつは「人の性は悪なりその善なるは偽なり(荀子)」もうひとつは「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくしてそれに執着することである(吉田健一)」


ご無沙汰しています。
気がつけば年が改まり
(=たつこたつ の年が終わってしまい)、
年賀はがきの当たり番号が決まって。



突然ですが、
なんでもドラマ〈虎に翼〉の公式インスタが
今日(記事書いてたら日付越えたのですでに昨日)で終了なのですってね。
私はインスタはやってないので
1/20が終わらんとするタイミングで
ネット記事で知ったのですが。



思い返せば本放送時、
ヘドバン並みに頷いたり泣かされたり
たいへんハマって観ていましたから、
時の流れに少し寂しさを感じます。



翻って現在の私は
BSで再放送中の〈カーネーション〉を
熱心に観ています。
本放送当時は思春期子育て真っ最中で
テレビを見る余裕のない時期でしたから
初見勢として夢中になっています。
朝ドラ好き界隈の中でも
「最高傑作」との呼び声が高い本作に
どっぷり浸れる至福。



〈カーネーション〉と〈虎に翼〉、
似かよった時代を描いた作品ながら
描き方はたいそう違っていて
そこがまた面白いです。



〈カーネーション〉は
ファッション、美に携わる人が主人公の物語らしく、
家族や友人やご近所との交流や
時代背景(とくに戦争)の描き方が
緻密に織られていてとにかく美しい。
台詞の一語一句はもちろんのこと、
無言の芝居まで過不足がなく、
時に凄まじいリアリティと
時にユーモアを散りばめた緩急自在の展開に、
主人公に共感できようとできまいと
惹きつけられずにいられなくなります。



男性優位の社会の中でも
しなやかにたくましく生き抜く女性の物語は、
女性主人公の物語ながら
男性がしばしば重要な役割を果たすし、
また当時の時代の共通認識として
ある意味「誰もが想像し得る」世界観に
視聴者を信じて委ねられるところも大きい。
そういう空気に慣れている視聴者側は
多くを語られずとも安心して
(この「語らず」の塩梅が絶品なのですが)
行間に込められたものを受け取れます。



一方の〈虎に翼〉は
自分の最後の連ドラ投稿にも書きましたが、
言葉数の多いお話でした。



同時代の共通認識の恩恵を
多少なりとも受けながら、
そこに流されるのをよしとせず
「はて?」と挑んでいく物語で、
物語の進行役はほとんどが女性。
時代の実相はそうじゃなかったはずの世界で
女性がガンガン前面に出る姿は
鼻につくほど小賢しかったり
身勝手だったり不自然に見えたりする。
(…言い過ぎかしら)



また、これまでになかった新しい観点を
わかりやすく示すことにも意欲的なので
いきおい台詞が理論的で説明臭を帯び、
ちょっと野暮にさえ感じてしまう。
私が抱いた「みんなよく喋る」という感想も
これに当たるかと思います。



けれどもそれは
法律という、言葉を武器に突き進む主人公の物語ということもあるでしょうが、
これまで「ないもの」とされていた
女性やマイノリティの生きづらさに光を当て、
世の中に「実はこんなことがあった!」と
しっかり確実に紹介するために
どうしても必要な工程だったと思います。
暗黙の共通認識に頼れないから、
行間だって自ら埋めなきゃ伝わらない。



主人公の兄の名言にあるとおり、
『言いたいことは言った方がいい
それが、いい!』の世界ですものね。



この挑戦を朝ドラで成し遂げたのは
やっぱり大拍手ものです。
実際私は毎回わくわくしました!



〈カーネーション〉を通じて
〈虎に翼〉に対して感じていた
好きなのにモヤモヤ…の正体がわかり、
虎に翼公式インスタ最終夜(ちょっとTO)にして、やっと
自分なりの言葉に整理できて安心しました。
結論、私は
〈カーネーション〉の心憎いまでの絶妙さも
〈虎に翼〉が見せてくれた新しい世界も
どっちも好き!と。



「さよならだけが人生だ」から
別れの時が来るのは仕方ないけど、
さよーならまたいつか!



(そしてカムカム再放送も楽しんでます)