53歳のふりかえり | sgtのブログ

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私の座右の銘は2つあります。ひとつは「人の性は悪なりその善なるは偽なり(荀子)」もうひとつは「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくしてそれに執着することである(吉田健一)」


一年前もやってたけど、
次の誕生日を前に自分の一年の記録。


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初手から残念だったのは
コロナにかかってしまったこと。
11/30からなんとなく体がだるくなり
翌朝38度の発熱→発熱外来で陽性。
たまたま同じ日に三女も発熱し陽性。
ということで夫と二女は自動的に看病係に。
(家族皆同じ医療機関で検査し2人はセーフ)
感染の恐怖と闘いながらの看病は
本当に大変だったろうと思います。
結局かからなかった2人めちゃめちゃ偉い。


私は12/3に本番を迎える予定だった
フォーレのレクイエムを歌えなくなって
そのことはたいへん残念でしたが、
9月から予定していた留学を
体調不良でやむなくキャンセルし
それはそれは落ち込んでいた二女が
この強制看病生活で家事スキルが向上して
いくらか自信を回復したように見えたので
それは怪我の功名かもと思ってます←


(おかげさまで二女はことし6月から
第一志望大学のプレセッショナルコース→
9月に大学院正規入学となりました)


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そして最大のできごと、
2/10に卵巣とさよならしました。


昨秋の婦人科検診でD判定をもらい
何事かと思えば右卵巣が腫れていると。
異常のない左と比べて4倍サイズ。
幸い血液検査等では異状はみられず、
本当に「卵巣腫れてるだけ」の状態。
だからこのまま様子見もアリだけど、
閉経して早3年、臓器としての卵巣は
もう「不要」になっているので
これ以上おかしなことが起こる前に
取っちゃいましょう、となりました。
(実際の説明はもっともっと丁寧です)


異常の起きた右卵巣だけを切除する
という選択肢も当然ありましたが、
「片方が腫れたなら
もう片方もそうなる可能性がある」と考え
両方とも摘出してもらいました。


開腹よりも負担の少ない
腹腔鏡手術というやり方で済みましたし、
術後の病理検査で悪性の所見もなかったので
「初めてのドキドキ外科手術体験」は
この上なく無事な形で終わりました。


かわいい子どもたちを授けてくれた
愛着ある器官とのお別れは切ないですが、
主治医の先生はじめたくさんの方々が
一介のオバサンにすぎない私ごときの体を
丁寧に丁寧に取り扱ってくださったのが
なんだか申し訳ないくらいありがたくて、
麻酔から目覚めたとき
これからは自分をもっと大切に生きようと
妙な決意を固めたのでした。


本来はこの手術
12月の中旬に行う予定でしたが
私がコロナにかかって延期になりました。
コロナ罹患者は発症後8週間全身麻酔NG、
というきまりがあるそうですね。
ただ術後約1ヶ月(医師のOK出るまで)は
湯船に浸かるの禁止でしたから
もし12月に手術していたら
年末年始はもちろん
冬の一番寒い時期にシャワーだけの入浴…
想像するだけで風邪ひきそうなので
結果的に2月でよかったと思います。


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最後に歌の記録。
先にも書いたフォーレ レクイエムは
オンステージ叶わずでしたが、
その後は元気にやっています。


ありがたいことに、この8月から
老人ホームでのボランティアが
活動再開できることになり、
懐かしい仲間と3年半ぶりに再会し
新しいメンバーも迎えて動き出しました。
ここは私にとって
歌う一歩を踏み出すきっかけをもらった
大切な場所ですから
戻って来られて本当に嬉しいです。


合唱ステージの記録:
4/15、16 コネッソン『Heiterkeit』
シマノフスキ『スターバト・マーテル』
8/19 メンデルスゾーン『讃歌』
10/14、15 ヤナーチェク『グラゴルミサ』
10/21 バッハ『マタイ受難曲』


10月の本番2週連チャンは
まさに目の回るような忙しさでしたが
どちらの公演も(細かいミスはあれど)
控えめに言って大成功!で
大満足のいい思い出になりました^ ^