永六輔さん、83歳で大往生
きっと大往生
「死んじゃったことに本人が気づかない」のが大往生の定義なのですって
永さんのご著書の中の言葉がZEROで紹介されていました
たとえ病に苦しまれたとしても
こころは仙人みたいに自由に飛びまわって
穏やかに肉体の生を閉じられたんじゃないかって
勝手に拝察します
永さんの存在を初めて認識したのは
NHKの音楽番組「テレビファソラシド」
当時 自分小学生
(たしか井上順さん?が
テーマソングでドラム4拍に合わせて代わりばんこにウィンクするのを
マネしようとしてウィンク猛練習したっけ)
おばさんみたいな口調で
面白いことをぽんぽん喋るおじさん
というのが永さんの第一印象
「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」を作詞した偉い人なのだと両親に教わったものの
あの詞のやさしく寄り添うような雰囲気とはどうも結びつかない(失礼)
やがて音楽番組という枠を外すと
面白いだけじゃなくけっこうブラックなことも言う人だとわかり
ますます惹き付けられる
ありとある言葉を、清濁併せ呑んで自分のものにして
きれいごとに逃げず、真に伝わる表現を研ぎ澄ます
戦後そしてテレビ創成期の激動の時代を牽引してきた人の厳しさ強さに
いたく感銘を受けたわかぞうの私
その後トーク番組に出演されてるのを偶然観るたび
不老不死の仙薬でも飲んでる?と思うくらい
ずーーーっと変わらない姿と言葉に
この人はバケモノなのかもしれない、とか思ったり(重ねて失礼)
パーキンソン病を患われて
お口の動きが不自由そうになっても
言葉の力がまったく衰えない
心がぼやけていない
なんて美しい老い方だろう、と
やっぱり心動かされたおばさんの私
リハビリは苦しければ苦しいほど
つらければつらいほど成果を感じられる(これもZEROより…正確な引用ではなくニュアンスだけ)と、嬉々としてリハビリに励む
この絶対に曇らない明るさが、みんなの心に灯りをともす詞の源だったのか
私が言うとどうも軽々しいなあ
あっという間にひと月以上が過ぎた先日の演奏会にて
永さんの代表作のひとつ
「見上げてごらん夜の星を」
を歌いました
練習していた17曲の中で最もダメ出しを受けた曲でした
ひとりでもめっちゃ練習しましたとも
この曲なら1000回歌ったかもしれない
最後まで満足な仕上がりにはならなかったけど
ふたりなら 苦しくなんかないさ
この「苦しくなんかないさ」が曲者
理想は「ふたりなら」からひと息で、しかも最後はクレシェンド…フツーに苦しい…(~_~;)
ホントーに苦しい
苦しくなんかありまくりさ
ランニングを始めたら
ブレスがずいぶん伸びて
ひと息保たせるだけならできるようになったけど
美しいとはとても言えない
さらにクレシェンドすると
瀕死のブタみたいな声になる(ブタに失礼)ので
本番は結局カンニングブレスしました
星になられた永さんに捧げる…と言うにはあまりにもな出来ですが
じつはこれも先生がYouTubeに上げてますので
よろしければ聴いてください→★
永さんのリハビリのように
やればやるほど、という明白な手ごたえはあったかどうか…でしたが
たくさん苦しんだ分だけ愛着の深まった一曲になりました
素晴らしいうたを仲間たちと歌えたこと
改めて永さんに感謝します
だらだら書いたあげくになんだか締まらない終わりですが
読んでくださってありがとうございました
永六輔さん どうかやすらかに
本文とは無関係の蛇足:
選挙〜レギュラーと、二つのZEROを完走した翔さん
昨夜はさすがに声のトーンが普段より落ち気味で、眼窩も濃くくぼんでいたものの
大きな仕事をこなしている充実感と自信に満ちた目の輝きが印象的でした
仕事する男は美しい…と再認識
ゆっくり休息できるよう祈っています