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身の回りから、

「なくても困らないのに

なぜか残っているもの」

を探すのが好きだ。

 

 

 

なぜなら、

それこそが

「幸せ」の正体の

ひとつだと

思うからである。

 

 

 

 

 

 

だって、なくてもいいのだ。

 

 

それなのに、それなのに

残っているのである。

 

 

 

で、なぜ残っているのかと言えば、

明らかに誰かに必要とされているから。

 

 

 

そう、なくても困らないのに、

必要だから残っているのだ!

 

 

 

それを「幸せ」と呼ばず、

なんと呼ぼうか?なのである。

 

 

 

だからこそ、身の回りから、

「なくても困らないのに

なぜか残っているもの」が

見つかるたびに、

「幸せ、

みーっけ!」

とそんな気分になるのだ。

 

 

 

例えば、タイミング的に

これなんてまさに!

と思うのが、「桜」。

 

 

桜の木って、川べりに

やたら生えてるイメージ。

 

 

 

地盤を固めるためとか

そういった目的もあるのかもだけど、

だったら、桜の木である必要はないし、

地盤を固めるだけなら、

自然破壊大好きな人間のことだし、

コンクリートで固めてしまえばいい話。

 

 

 

それなのになぜか、川べりには

大体、桜の木がズラッと並んでいるのだ。

 

 

これなんてまさに、

なくても困らないのに

なぜか残っているものの真骨頂。

 

 

 

桜はなくても

困らないけど、

人にとって

必要だったのだ。

 

 

 

春の訪れを感じるために。

 

その景色に思い出を詰め込むために。

 

美味しいお酒を飲むために。

 

または、シンプルに

満開の桜に感動するために。

 

 

そのどれも

できなくたって

死にはしない。

 

 

 

それなのに、人はこの桜を、

大事に大事に守ってきた。

 

 

 

そうすることが幸せだから。

 

 

 

それに、それがないと

喜びや楽しみが減ってしまうから。

 

 

 

だからこそ、もしも「幸せ」を

見失いそうになったら、

探せばいいのである。

 

 

 

身の回りから、

「なくても困らないのに

なぜか残っているもの」を。

 

 

 

それこそが幸せの正体の

ひとつなのだから。

 

 

そして、探すと分かる。

 

 

身の回りは、

なくても困らないのに、

なぜか残っているものだらけ、

だということに。

 

 

 

 

おしゃれな洋服も、

遊ぶためのボールも、

スイーツもお酒も、

このブログも。笑

 

 

 

全部、なくても困らないのに、

なぜか残っているのである。

 

 

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