ちまきが亡くなり、
画像や動画を何度も見直す日々を送っていました。
あの子が残してくれた何かが有るかもしれない。
未だ私が気付いていない、ちまが伝えたかった事があるかもしれない。
そう思ったからです。
これまでのブログも、
日記と記憶を頼りにしながら、
ちまきが私たちと一緒に生た証を、忘れないよう残していける様に。
そして、ちまきが亡くなった事を受け止めていく1つの方法として、
自分のために書きました。
最初は非公開でした。
私がちまきの腎不全を知り、
看護は勿論ですが、
一番多くの時間を費やしたのは、
『「腎不全」になった動物が助かる方法』
を探す事です。
ブログから、youtubeから、動画から…時間が有れば検索に検索を重ねて、色々と調べました。
どんな検査結果なら、長く生きられるのか?
どういった状態だったら、助かるのか?
かかったうさぎが、その後どんな生活をしているのか?
腎不全になったうさぎが、回復した例はないか?
病状が進んだ時に、どんな経過を辿っていくのか?
『腎不全』『うさぎ』『完治』など、思い付いたありとあらゆる検索ワードを打ち込みました。
腎不全のうさぎの介護方法や点滴のやり方などもです。
お医者の先生には、手術もできない・治すことができない病気の1つだと言われ、探してもほぼそんな内容ばかりでした。
どれだけの労力やお金や時間をかけても、どうしても治せない病気。
もちろん、先生のお話も受け止めようとしましたが、それ以上に他に何か手段・方法が無いのか、私にも何かできる事が本当に何も無いのだろうか?…諦めきれず検索の毎日でした。
田舎だという事もあって都会と違い、エキゾチックアニマルの病院はそうそうありません。
もっと早くから気を付ける事や、注意して見ていく事など…
探す度に、思った以上に出てきました。
1つの命を預かり、家族が増えて守る命が増えるということを、もっともっと大切に考えるべきでした。
ウサギという動物を飼うにあたり、生半可な気持ちで迎えたつもりはありません。
昔から動物は好きで、実家でも犬を飼っていました。
自分はウサギを可愛がることが出来る!と、自負して迎えたつもりでした。
一緒に暮らしていき、
日を重ねるにつれて、
家族同然になり、
一緒に居る事が当たり前となり、
愛情が深くなるにつれて、
いつまでもいつまでも一緒に居たい気持ちが大きくなります。
そして、
かけがえのない存在になるにつれて、飼い始めた最初の気持ちが『絵空事』で、自分の慢心に気が付く事になっていきます。
ちまきの腎不全で、
知識と情報が思った以上に自分に無かった事、必要だったことを
改めて思い知らされます。
この夏…
想像以上の力で、最期まで生きようと頑張ってくれた
ちまきの姿を見続けてきました。
気持ちが悪く吐き気もするだろうに、
一生懸命に私の顔を見ながら、
チモシーやリンゴを口に入れて食べようとします。
亡くなる、その日もです。
ウサギは『食べる=生きる』事を意味していると、どこかで読んだ事が有ります。
生きようとしている…私たちにそれを見せようとしている。
こんな小さな小さな身体の何処に、
こんな大きな力が隠されていたんだろうと思うほどに。
この状況下で、私の方が励まされた時もありました。
大切な事を、ちまきから沢山教わった気がします。
そして…
医者でもない私が、ちまきにしてあげられた事が
元気でいる間に、
ちまきの些細な変化…『いつもと違うちまき』に気付き
思い過ごしでも構わないので
もっと早く行動に移して対処してあげることだったと…
一番に、
もっともっとちまきに目を向けていれば良かったと…
優先順位を、ちまに置くべきだったと…
そうしてあげていれば、ちまきの未来にも変化があったのではないかと…
何度も何度も思うんです。
ちまの病気の事で、お医者さんと話し込んでいる夢を、今でも見る時があります。
私がちまにやってきた、この1か月の闘病生活は、本当にちまきの為だったのか?
私がちまと一緒に居たいが為に、ちまきの苦しみを長引かせてしまったのではないか?
ちまきの気持ちが分からない限り、『安楽死』の選択を勝手に決めてはいけないと思った事は、
間違いだったのか?間違っていなかったのか??
今更考えても仕方が無いですし、考えてもちまきは帰ってきませんが…
それでも、考えてしまいます。
そして、考えても尽きる事がありませんし、正解も見つかっていません。
度々「フッ」と、ちまを思い出している自分が居ます。
夢の中では、ときどき足元にちまが居ます。
はっきりとは見えないのですが、姿と動作でちまきだと伝わってきます。
この子との6年と少しは、私とちまきしか知らない
私にとっての大切な大切な時間となっています。
血の繋がった家族よりも長く、その間、
傍にずっと寄り添ってくれた子…
そんな時は、ちまきに溢れるほどの『ありがとう』を言いたいのですが、
どうしても『ごめんね』の言葉が多くなってしまいます。
「ごめんね…
いっぱい我慢させてしまって…
母さん、ちまを守ってあげれなくて…」
悔いを残し、悲しみを深くしない様に…
ここでは必要な情報は見つからないかもしれませんが、
知りたい事の欠片が1つでもあるのなら…と、公開にしています。
ちまきは忘れん坊の私に、
傍に来て色々と教えてくれた、優しくて賢くて勘の鋭い子です。
私の自慢の子です。
いつまでも何もせずに泣いてばかりいると…又ちまに呆れられてしまいます。
先代を失った悲しみで、何年も泣き続けてきた私を、
ちまきは横でいつも見ていましたから…
大切な子を失い、途方に暮れる事も多いのですが、
自分なりに考え、前に進める様に試行錯誤しています。
先日は、ちまきの画像を整理しながら、ちまのグッズを作り始めました。
※赤いカプセルの中にはちまきのお骨が入っています。
その周りに、先代とちまきの画像を透過したもの(ネガ風)をレジン封じ込めて、チャームを作りました。
写真と違い透明で、白い紙などを下に敷くと、普通の写真の様に見えるんです。
目立つこともなく気に入っています…(恥ずかしながら自画自賛💧)
毎日毎日、無心でその制作に一生懸命になることで、作っている間は悲しみを抑えられたりもしました。
幸い…作品も少しづつ上達しているんですよ。
※日記を付けていた手帳には、透過の写真をラミネート加工してINDEXを作りました。
今度は、ちまきとお別れした8月20日から順に日を溯って、ちまきが私の元に来てくれた…赤ちゃんだった頃までの画像をプリントアウトして、昔の手帳や日記に貼って、少しづつ懐かしんでいこうと思っています。
先代やちまきが自然と浮かんだ時に、今の日常をこの子達に語りながら、
一緒に生きていけたらいいなぁ…というのが、
今の私が出来る向き合い方です。

