大反対していたときのことー1年かけて見えてきたこと。 | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。


*ともみんちへようこそ*


ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。

真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。


こんにちは


ともみんです。







  欺かれたとショックをうけたピエロ

先日、長男から言われた。



度々、

わたしたちを煙に巻くように

いい子のフリをして

裏切ってきた長男に



何でそんな風に

欺くの?



なぜ正直に

言ってくれへんの?



と聞いたら



こう返された。




「俺は物分かりのいいようにしている。

そしたら、お母さんは機嫌がいいから。

お母さんの機嫌良くなるなら

俺はどんな嘘でもつく。

後から怒られてでも

嘘ついて、その場で機嫌良くしてもらって

自分がやりたいことやれるほうがいい。

お母さんの機嫌に左右されたくないから。



fuが生まれた時、

俺が受け入れたフリをしたら

よろこんだやん。



relaがfuを受け入れなくて、

夜中に騒いでいたとき、

お父さんもお母さんも

俺がrelaに話をしたことを

ありがとうって言ったやん。



俺が物分かりがいいフリしたら、

みんなうまくまとまるやん。


俺は物分かりのいいフリを

してきたら、よかったやろ。



本当は俺は物分かりなんか良くないけど、

俺が物分かりが悪いのを

そのまま見せたら、

誰も幸せじゃない。」



※この時の話




それを言われて、

すごくショックだった。




ズドーンと堕ちた。




わたしは

ピエロだったということ!?



長男は

わたしの機嫌取りのために

受け入れたフリをしていた?




まんまと

騙されて




ありがとう、

たすかったよ、




と言ったわたし…。




哀れだ。




胸がえぐられるような

苦虫を噛み潰したような思い。




その話を

次男にポロッとしてしまった。




「kiraな、本当は受け入れてなくて

受け入れるフリをしてたって言われて、

ショックやった」




と言うと



次男は…



わたしにこう言った。


  次男の目線



「俺も、受け入れたフリして

fuを抱っこして、面倒みようかと

思った時もあるねん。


でも、

嘘ついて、そうしても…

意味ないような気がした。


俺、自分に嘘はついたらあかんな

って思ったから


最後まで反抗した」



と、教えてくれた。



受け入れた方がいい、

受け入れたフリをしたら

みんながよろこぶ、

受け入れたい…



次男の中でも

葛藤があったんだ、と

今更ながら知ることができた。




受け入れるフリをした長男と

受け入れるフリをせず、納得いくまで

抵抗した次男。




今、

こうして2人の声を聞いて

どちらも

“平和”を

望んでいたのだとわかった。





家族の平和と

自分の平和。




家族が平和なら

自分も平和



自分が平和なら

家族も平和…




アプローチの違いなだけだった。




それぞれに

自分と家族のことを

考えていた…。




あのときは

その状況がただただつらくて

悲しかった。



どうしたらいいか

糸口が見えなくて

悩んで苦しんで…



自分のことばかりで

子どもたちの気持ちを

奥深くまで想像することもできなかった。



拒絶された悲しみと

大きくなるお腹

生まれてからは

生まれてきたか弱い赤ちゃんを抱えて


何とか解決しようと願うばかりだった。




ふたりは

ただ拒絶しているだけだと思ってて

「家族と自分の平和」を

考えて葛藤しているなんて思えなかった。




信じるのが怖かった。



ふたりが

愛を持って葛藤していると

想像したかったけど

裏切られるのが怖かったから



心を守るために

「あの子たちは受け入れてくれない」と

レッテルを貼るほかなかった。




どんな選択、どんな決断をするにしても

根底にある「愛」を

信じると言うことなんだろう。




ふたりが

受け入れない、という決断も

根底には「愛」があったんだろうなと、

今、ようやく思うようになった。




子どもの愛を

信じていない、母



だったんだなぁ。



気づいた。



でも、

まだ信じられてはいない。



自分のこころの閉ざし具合、

人への警戒心の強さ…

大前提にある

“わたしのことなんて…”という猜疑心の

強さに




嫌気がさす。



はぁー。どうしたらいいんやろうな。




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