*ともみんちへようこそ*
こちらのつづきです。
三女が生まれて、
しばらくしてから長男に聞いた。
「うちによく来る中学の同級生には
いつ話した?」と。
なかなか言いづらくて
年末に初めて言ったーと。
それを聞いた時、
長男は
“断固拒否”から少しずつ
受け入れようとしていたんだと知った。
高校の友達は
親であるわたしたちのことを
知らないから
言いやすかったと。
友だちに話すことで
自分のきもちが
変わっていくのも感じた、と。
後日、受け入れられず
受け入れようともしなかった次男に
長男が言った言葉↓
現実を受け入れるために
俺はまず、学校の友だちに
“兄妹が増えるかもしれへん”って言った。
そしたら、
みんなが第一声は
「おめでとう」やった。
おめでとうと
言われないことはなくて
生命が生まれるっていうことは
全然知らない他人からも
“おめでとう”と言われるようなことなんやって
自覚した。
おめでとうと思えないし、
うれしいことではなかったけど、
「ありがとう」と言って
受け入れているフリをした。
受け入れるフリでもいいから
そうした。
そうすることで
少しでも受け入れられたらいいなと
思って。
生まれたと聞いてから
家に来るまでの間に
俺は
受け入れて、迎えられるように
まず、
病院に行って
この手で抱っこすることにした。
いのちの重みを確認して
“実際に生まれてきた”と自分が
現実を直視できるようにした。
長男は
わたしたちへの不満を
周りに撒き散らすわけでもなく、
ただ事実として
伝えていたんだと知った。
わたしたちの知らないところで
少しずつ、
現実を受け入れようとしていた、
その強さは
どこからきていたんだろうと
この時思った。
心の許せる友だちには
わたしたち親への憤りや不満を話したらしい。
そのとき、
その友だちに言われたのは
「何を言っても
俺らには
年の離れた妹を持つ気持ちは
わかるわけないもんな。
お前にしかわからんもんな」
だったらしい。
思うままー思うことをそのまま受け止めてくれる
そういう友だちの存在にも
きっと救われていたんだ。
こうやって振り返ってみると
長男は
精神的にも
どんどん自立していて
わたしたち親を
必要とする時間は
もう終わりに向かっているんだと
わかる。
家から社会へ。
喜ばしいことなのに
どこか寂しい。
子育てってこんなに短期間で
あっけなく
終わっていくのか、
もうすこし、
構っていたかったのに…と、
引き止めたいくらいの気持ちになるなぁ。
だからこそ、
思う存分、
子どもとのあれこれを味わい尽くそう、
そんな風にも
思わされるものだった。
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