夫が不調。
朝からどよーん。
もちろん仕事も休む。
あーあーと思いながら
放置。
(きっと構ってもらいたいんだと思うけど、それはわたしのキャパ的に無理)
午後、
「瞑想するよ」と
夫にこえかけた。
一緒にしてほしいのはわかったけど
一緒にやると重くなるので
音楽だけ流してみまもる。
予想外に素直にやったので
これはいけるかも?
と思って
HTLの動画を
「これおもしろいからみてみて」
と言って見せた。
はじめは
「なーんや、お前がいつもみてる人かよ」
と言っていたけれど
「いいから、いいから」
と促した。
渋々だったけど
途中から真剣にみていた。
「エゴキンマン」のところで
「めっちゃわかる」って
言った。
その言葉にシメシメと思ったのは束の間…
そのあと、20分ほどして
すーっといなくなった。
わかると言いながら
途中でやめた夫。
その姿に
なんで自分のこと真剣に向き合おうとしないの!!と
腹も立った。
また1時間くらいしたら現れて
「さっきの話、めっちゃわかる。」と言い、
仕事で抱えている
自分の葛藤について話し始めた。
普段、一切言わなかった
自分の思いを吐露しはじめた。
気付きや刺激があり、
自分の本音があぶりだされ、
辛くなってみるのをやめたのかも。
ある意味、
夫は向き合い始めたのかな。
とも、思えてきた。
夫のはなしをきいていると
息子たちが帰ってきた。
次男が「どうしたん?」と言ったので
簡単に説明した。
「お父さん、それはエゴキンマンの声やで。
それは気にしなくていいことやで」
と10歳の息子は父にいった。
ちょうど1週間くらいまえ、
次男にエゴキンマンの説明をしたんだよ。
次男は父に
「俺もめっちゃエゴキンマンの声、聞こえる。
しんどいねん。
でも、それは嘘の声なんやで。
聞かなくていいんやで。
お父さんはお父さんの思うようにやっても
大丈夫やで」
そう言ってくれた。
夫は
「でもさ、お父さんが仕事やめたら、
お前らどうやって生活する?高校いけなくなるかもよ」と
究極の質問を息子に投げる。
次男は
「お母さんが稼げばいいし、
べつに今、高校のこと心配せんくってええやん。
高校はいきたいけど笑」
そう苦笑いして答えていた。
長男も次男も
「お父さん、自分の本当の気持ち、
一番にしたほうがいいで」と
あの手、この手をつかって伝えている。
夫は
どう思っているんだろうか。
表情は沈んだまま。
わたしはさ・・・
反応乏しい夫に腹が立ち、
こどもたちみたいに
優しく言えない。(不安だから)
「みんな言ってくれてるやん。
エゴキンマン鎮静化させるしかないって。
ごちゃごちゃいわずに
寝てこい!」
って言うと
こどもたちはわたしに
「おかあさんの気持ちわかったから、
もう言うのやめたって。
お父さん、わかってるけど
できへんから苦しいねん」
こどもたちは
必死で夫に寄り添う。
そして
さらに
夫に
「何が不安なのか?」
聞き出しているよ😭
夫のいないとこで
「お父さんはさ、
信じられへんのやろうな。
自分のこともまわりのことも。
やってみて
ダメやったら、そのとき考えればいいのに、
今はそれができへんのやな」
こどもが言った。
エゴキンマン強めの次男だけれど
人のことなら
「これはエゴキンマン」ってことがわかるらしい。
次男は否定的な声におそわれるときの
無価値感とか焦燥感がわかるから、
とてもとても
親身に父に寄り添う。
夫は
「次男の言うことは俺の心に
スッと入る。」という。
それは次男が
つらいきもち、
苦しいきもちを共感してくれているからなんだろうな。
夫はだれかに
よりそってもらいたいのだろう。
ただ
一番は
自分自身に。。。
でも、まだそれは
感覚的に気づいていないんだろうな。
と
わたしは横目でみる。
わたしもわたしに寄り添う練習中だもの。。。
きっと夫は
「寄り添っていないとこうなる」
というのを見せてくれているんだろうなあって思った。
子どもたちのアプローチがあるものの、
夫は全然よくならなくて
どんよりしたまんま。
それなのに
なぜか
家の中の空気は澄んでいる!!!
夫のエゴキンマンに
みんなが結束して立ち向かっているからか?
あれ?
家族全体で考えれば
今すっごくいい状態かも・・・。
こどもたちは
何度も何度も
「自分の思うままにしたらいい。」
「一番はどうしたいの?」
と父に問い、
全力で寄り添う。
その姿をみながら
あ・・・と思ったよ。
彼らが
父にそう言葉をかけられるのは
夫が家族には
そういう目線を向けているからなんだと思った。
夫はわたしにも
こどもたちにも
(とくにわたしに)
「ええやん、やってみたらいい」
「大丈夫。なんとかなる。」
「ズッコケても、失敗してもそれがおもろいねん」
と言う。
それをこどもたちはみて、
大事なことを感じているってことなんだよ。
夫の家族に対するソース目線の
おかげで
家族はエゴキンマンをうすく、うすく
できているんだ。
でも
自分にはちっとも
やさしい声をかけられていないことが
判明。
夫のエゴキン度数の高さには
辟易だけど
そのおかげで
こどもたちのキラキラ具合がみえた。
子どもたちは人に対して
「ソースの視点」に立てるんだ!とわかった。
感動!!
そして、
夫がいかに家族に
優しい目線でいてくれるのかも
改めてわかった。
で、
わたしに突っかかる夫にうんざりして
「おとうさんは
わたしの言うことは全然聞かないから、
もうあんたたちで頼むわ」
と
子どもらに言うと、
「お母さん、それも頭の中、変えて。
それもエゴキンマン」
と言って笑われた。
もう、何がなんがか
わからんな!!
と言いながら、
笑っているってことは
しあわせなんだな・・・
とか思ったり・・・・。
いつの間にか
わたしは
なんか大丈夫なきがしてきた。
この状態が続くかも?とか今後どうやって生活する?
とか
考えれば不安しか出てこない。
でもさ、
こうやって
いまこの瞬間は
家族でしゃべって
泣いて、笑っている。
可能性のかたまりでしかないこどもたちが
ここにいる。
可能性のかたまりを愛おしく思えるわたしがいる。
そのうしろでは
家族のことをソース目線でみている夫がいる。
今は何も問題は起きていない。
サイコーのかぞくがここにあるって
事実があるだけだ。
うつでも不幸じゃない。
でも
うつは大変だ。
うつは大変だけど
うつがみせてくれるきらめきもある。
だけど
やっぱり
夫も気を楽に生きられたらいいのになって
思う気持ちもあるな。
そして、
なんとかしたいと
夫を動かそうと
しちゃうわたしもいる。
子どもを信じるように
夫も信じられるように
なりたいな。
もうちょいだな。
深夜のとりとめのないつぶやき。