裸になることを恐れていた理由 | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

【OKITOUR is…IT is OUR OK】

自己肯定感という言葉は
わたしには刃のようなんだよ。


自己肯定感の高い人が目の前に現れると
大きな大きな恐ろしいお化けのように感じるんだよ。



「自己肯定感」や「基本的信頼」とか
「愛着形成」とか「愛」とか「すき」とか



そんな言葉が無ければいいのにって

ずーっと思ってた。




そんな言葉がなければ
それらが
自分にはない…って自覚しなくて済むのに。




それを持っていない自分を誤魔化すために
明るく振る舞ったり、しっかりものになったり…してきた。



わたしができないづくし、
足りないづくしならば、
こんなわたしに育てたお母さんが
悪者になってしまうから。




自分が悪者であるより、
つらいのは
お母さんが悪者になることだった。




ただ、
自己肯定感の高い人が目の前に現れると
自分のメッキが剥がされるような感覚になり、
めちゃくちゃ怖くなる。



越えられない壁のようなもので、
絶望に近い感覚を抱き、
萎縮する自分を感じる。



「ない」「できない」を
もうこれ以上増やしてはいけない。



お母さんの汚点にならないように。

お母さんの娘であるわたしが
ダサかったら、お母さんの顔に泥を塗ってしまう。

だから、がんばる。
だから、周りに合わせようとする。
でも、
それはぜーんぜんできなくて
いつもおかしなことになっていたんだなぁ。



母はわたしをコントロールしていたわけではないし、
母が世間体を気にするタイプではない。

わたしが
勝手にやっただけ。




母を悪者にできたら、どんなに楽になれるだろう…。



ごめんね、こんな娘で。
お母さんのところに生まれたのがわたしでごめんね。

ずーーーーーーっとずっと
こんな風に思っていたこと、




母も周りも誰も知らないと思う。



こんな風に思っていることがバレないようにがんばってきたんだ。

わざと母に冷たくしてきたのは
バレないようにするため。
母の元に生まれてきてしまったわたしの
償いであり、
母に唯一できることだと思っていた。

元気で明るくて、好きなことやっていて、
生き生きしている娘でいることで

「いい子育てをしてきたお母さん」って思われるから。

でも、
お母さん、ごめん。

もう、
隠せなくなった。



わたしは
愛着形成もできてない。
世界に対して不信感しかない。
自分のことも信じられない。
やりたいことさえもわからない。
自己肯定感なんて意味がわからない。




それでも
生きていていいって
ことにしたいから。




それでも存在していていいって思いたいから、

隠すのはやめる。


怖いところからは逃げる。
できるフリするのも
明るいフリするのも
強がるのも
やめることにするわ。



もう一度
この世に
裸で生を受けた時から生きなおそうと思う。



少しずつね。

ありゃ…話が逸れた🤣



とにかく
自己肯定感低すぎて
罪悪感の塊の中にいるとき

自己肯定感はおばけにみえる。
怖いのです。



おまけ
わたしの親は厳しくない。暴力もない。家庭環境はいい方だと思う。会話も多かったし、威圧された記憶もない。親はわたしに愛情を注いでくれていたと思う。
それなのにこんな風になった自分は
何で何だろう?って思ってた。
それが一番苦しかった。親が悪者にできたらどんなに楽になれるだろうって思ってたな。




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