私はもともと、コーヒーが「そこそこ好き」ぐらいの人間だったのだが、ひょんなことから「コーヒー豆」と「コーヒーミル」を使うようになり、それからは「コーヒー大好きマン」になっている状態だ。

そういえば以前に「コーヒーがなくなっても別にいいかな」的なことを書いたことがあったが、今となってはあの頃の自分の横っ面をはたいてやりたい。かなりキツめに怒ってあげたい。


さて、そんなコーヒーミル。





いちいちこんな感じで「豆を手で挽く」「ケトルでドリップする」という、割と手間のかかることをしなければいけない。

しかし、この「挽きたて」というのが重要だ。

噂では聞いていたことがある。コーヒーは挽きたてがうまいと。香りが違うと。うま味が違うと。

ただそれまでの私は、いわゆる「違いのわからない男」で、それがドリップであろうが粉コーヒーであろうが、あまり気にすることはなかった。

飲めればなんでもいいっしょ!はは!とか言ってたのだ。まるでバカな男である。

そんな私ですら、一度挽きたてのコーヒーを飲んだら「こ、これは違う!」とわかったのだ。かつてTVのCMで流れていた「ダバダ〜」のテーマが脳内で聞こえてきた。そう、私は違いのわかる男になったのだ。

例えていうなら、「上質の深い味わいの中にコクがあり、マイルドでありしっかりとした味の中にも、澄み切った透明感と、それに反した重厚な味、スッキリとした飲み口と後味の爽やかさが駆け抜ける」とでも言えばいいだろうか。

何を言っているかわからないかもしれないが、それはあなたが「違いのわからない男(あるいは女)」である可能性が高いからかもしれない。違いがわかるようになったら、上記文章を改めて見直していただきたい。きっと、よくわからないはずだ。



そんなわけで最近は出勤前に豆を挽いてコーヒーを淹れているわけだが、まあこれが手間のかかること。時には遅刻ギリギリの時間になりながらも、懸命に豆を挽いてじっくりとドリップすることがあった。

「全く手間がかかるぜ」

そう言いながらも、私の人生はなんだか豊かになっていることを感じた。そして思ったのは「人生を豊かにするものは、だいたい手間がかかる」ということだった。

例えばこのコーヒーにしてもそうだし、マラソンや登山なんかもそうではないか。車やロープウェイを使っていけばすぐに行けるところに、わざわざ自分の足で向かう、そんな手間を労力をかけてるからこそ、人生が豊かになるのではないかと。

そしてこの「人生を豊かにするものは、だいたい手間がかかる」というワード、なんだか妙に自分で気に入ってしまい、「この言葉このままCMとかでも使えるんじゃないの?」とまで思うようになって、あやうく広告代理店に自ら「このパワーワード売りますよ!」と営業をかけるところだった。

この言葉が気に入った私は、職場や取引先、友人たちにことごとくこのワードをぶつけた。

「人生を豊かにするものは、だいたい手間がかかるよね」

だいたいみんな、キョトンとしていたが、私はこの気づきの素晴らしさを知ってもらいたいと思い、熱く語り続けた。

すると反応はこう変わってきた。


「それ前に聞いたやつだよね」


どうやら私自身が、同じ話を繰り返すだけの手間のかかるやっかいな男になっていただけのようだった。


(終)


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我ながら、なかなか親孝行な息子に育ったと思います。だれか褒めて!



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