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おはようございます
本日もよろしくお願いします
明日は
重陽(ちょうよう)の節句
その前日の九月八日の宵は・・・
菊の花を真綿で覆って
その菊の香を真綿に移し
翌朝
露を吸った真綿を顔にあて、
美と若さ、そして健康を
体の邪気をぬぐい清める行事が
あったそうです。
菊の着せ綿といって、
これは平安時代の習わしでした。
エレガンスな風習ですね![]()
菊は寿ぎ(ことほぎ)の象徴です。
紫式部の歌にもあるように
菊の花 若ゆばかりに袖ふれて
花のあるじに 千代はゆづらむ
着せ綿の菊の露で身を拭えば、
千年も寿命が延びるということですが
わたくしは若返る程度に
少し袖を触れさせていただき、
千年の寿命は、
花の持ち主であられるあなた様に
お譲り申します
と、菊の着せ綿を
丁寧にお返ししようとしたのでした。
高貴な御婦人からの贈り物で
それも当時、
真綿は大変に貴重なものだったことから
紫式部は未分不相応と遠慮したのです。
むつまじみ なほ袖ふれん紫に
うつろふ菊は 秋のゆかりを
こちらは
豊臣秀吉の室・北政所の兄の長子だった
歌人 木下長嘯子(ちょうしょうし)の
風雅とたわむれた歌です。
妻の親類縁者を紫のゆかりと
言うことから、
紫に色を変えた菊を
秋のゆかり(縁者)と詠んで興じ、
睦まじく袖を触れようと謳いました。
うつろう菊とは、残菊のことで
晩秋の頃、白菊が花弁の端から
紫がかってきたものをいいます。
これは 霜が降り、
花弁が損傷して起こる霜焼けなのですが
平安貴族は紫に愛着して、
白菊よりも美しいと称えたのです。
盛りを過ぎた白菊の
紫がかる風情を、
優美なものとして愛でたのですね。
うつろう花とは、
しおれ貧弱になった花の意味ですが、
菊に関しては別格に扱われたのですね。
秋をおきて ときこそありけれ菊の花
うつろふからに 色のまされば
秋が過ぎてこそ菊は盛りですね
しおれていく程に、
色の美しさが勝るのですから
と、
平安時代前期の貴族で歌人の
平貞文(たいらのさだふみ)は
古今和歌集で歌っています。
願わくば
うつろう菊のようにありたいと
思います![]()
重陽の節句が行われたのは
本来は旧暦ですから
新暦に直すと10月23日になります。
ですので
古い歌は
晩秋の菊を歌っているのですね。
木下長嘯子の自由清新な革新的歌風は
後世の
松尾芭蕉にも影響を及ぼしました。
菊の香や 奈良には古き仏たち
この句を詠んだ松尾芭蕉は、
伊賀を旅立ち、
九月九日の菊の節句を奈良で迎え、
翌日、大坂に入ったその夜、急に発病し
一月後、静かに黄泉へと旅立つのです。
歳を重ねるごとに菊の気高さに
惹かれていきます。
子供のころは、祖母が毎年
菊人形展に出かけるのを
お供するのは嫌でしたけれど。
菊の気高くかぐわしい香りが
あたり一面に満ちてきたところで
さあ今宵は
菊の着せ綿
その露をとることはできるかしら
と思いつつ
今日は一輪の菊を手向け
明日は
九月九日 重陽の節句を
あなたとご一緒に祝いたいと思います。
最後までお付き合いを賜りまして
ありがとうございました。
健康で楽しい一日をお過ごしくださいね
KIMIÉ




