子は今、新しい小説のアイデア設定に
勤しんでいる。

本当はマンガで書きたいのだろうけど
能力的に難しく、
イラスト付きの小説にするのが妥当と
考えた様子。

登場人物のイラストを描いては
横に設定をメモ書きしている様子を見ていると
まことに楽しそうで、
見ているこちらまで嬉しくなる。

私も昔、そんな風に
自分の世界に没頭していたなぁ。

子がこの作業をしているときは
極力話しかけないようにしている。
集中を切らされることがどんなにストレスか
知っているから。

部屋が散らかっていても
宿題ができていなくても、
この時ばかりは問題ない。



思い返せば私の子育てはめちゃくちゃで
筋も通らなければ行き当たりばったりの
ヒステリックババァだったが、
唯一、誇れることがある。

それは「待つこと」。

子が何かに興味を持ったり集中している時は、
絶対にその邪魔をしない。
子のペースを守る。
これだけは徹底してきた。


子は乳児の頃から
警戒心が強いのか、
家以外の場所にいくと
じっと固まって周囲を観察する癖があった。

例えば児童館なんかに行くと
部屋の入り口で立ち止まって、微動だにしない。
じっと、じっと周りの人間たちを見ている。

だいたい15分くらいしたら
ようやく場に慣れてくるのか
ゆっくりと足を踏み入れる。

中に入ってさらに5分くらい経つと、
近くのおもちゃにそっと手を伸ばす。

初めてだからではなく、
人のいる場所ではいつもこうだった。
場所には慣れてても、
そこにいる人たちは毎回違うし
やってることも違うからね。


そんなペースなので、
私はその間ずっと子の隣にいて
いろんな人がいるねえ、と話しかけてみたり
こんなおもちゃがあるよ、と手渡してみたり
あっちに行ってみる?と
二、三歩歩いてみたりしながら
子が動き出すまで、
にこにこしながら待っていた。

無理に引っ張ったり抱っこして連れていかない、
というのが
私の中での絶対的なルールだった。

なぜだろう、
そうしなければいけない気がしたのだ。
時間がかかってもいいから、
子の心の準備ができるまで待って、
子のタイミングで動かなければいけないと
思っていた。

その時が来るまで、
私はいつもひたすら待っていた。


子がひとつのおもちゃで遊んでいる時は、
いつまでも付き合って遊んだ。
子は気になったおもちゃで
延々と遊び続けるタイプだったので、
ロックオンしたおもちゃに
ずっとかじりついていた。

アンパンマンの
上から小さなボールを入れたらくるくる回って
下の出口から出てくるおもちゃが
特にお気に入りで、
真剣な顔をしていつまでもいつまでも
ボールを拾っては入れ、拾っては入れていた。

こういうやつ。これを真顔でやってた。


いつもだいたい30分くらいは、
ひとつのおもちゃで遊んでいた。
これは乳幼児には驚異的な集中力だと思う。
そのうち何かの物理法則を発見するのでは
ないかと思うほど、
子は夢中だった(真顔で)。
子が飽きるまで私は付き合った。


絵本を読むときも
もちろんこのペースだった。
開いているページを読み終わっても、
子がページをめくるまではじっと待つ。
子はいつも真剣なまなざしで
絵本の世界に見入っていた。


外を散歩できるようになったら
気になったものがあればすぐに立ち止まる子に
延々と付き合った。
往復10分の道のりも、1時間かけて楽しんだ。

そりゃあそうだ。
子にとって散歩とは
未知の世界と出会う大冒険なのだから。

子が道端の石を拾い始めればそれに付き合い、
通りすがりの犬に興味を持てば
犬の姿が見えなくなるまでじっと見送り、
小さな段差でジャンプしたければ、
何十回でも飛ぶのを見守った。

専業主婦の私、
なにせ時間だけはあったのだ。

平日の昼間、幼い子どもと二人で
何をして過ごせばいいのかと
途方に暮れることは、あまりなかった。
私がやることは一つ。
待つこと。
それだけでよかったから。


はじめて子に「早くして!」と言ったのは、
多分幼稚園に入った頃だと思う。
それまでは本っ当に、常にこのペースだった。

幼稚園の頃に描いた作品。お花とちょうちょが好きだった。





その名残なんだと思う。
子が小説を書くのに夢中になっている時、
私はそれを少し離れたところから
のんびりと眺めている。

楽しそうだなぁ。真剣だなぁ。
頭の中でどんな物語を
繰り広げているんだろうなぁ。

あの頃アンパンマンのボールを
ひたすら転がしていた子は
今やお気に入りのシャーペンを握って
真剣に文章を綴っている。

ずいぶんと成長したなと思いながら
私の方はあの頃からちっとも変わっていない。
あの頃と同じように、のんびりと、
子を眺めている。

だけど、子のペースに合わせて
待つことができたことだけは、
私の誇りなのだ。

きっとそれは、これからの人生のどこかで、
子の支えの一つになってくれると思う。

そして何より
子と過ごしたあの時間は
私にとって
自分を全肯定できる癒しの時間だったのだ。
 
 
 

 

 

 

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