この世に偶然なんてないんだと思う。
なぜ今、この本を見つけたんだろう。
たしかネットで調べ物をしていた時だ。
でも、
何を調べていたのか、
どうやってこの本を見つけたのか、
なぜ読もうと思ったのか、
何も思い出せない。
大切なものに出会うときはいつもそう。
きっとすべては始めから仕組まれている。
すべては、必然だ。
舞台は昭和50年代の日本。
主人公は小学4年生の女の子、さよ。
さよとクラスメートの仄田(ほのだ)くんは
図書館で偶然見つけた本をきっかけに、
「夜の世界」に迷い込む。
そこで繰り広げられる、七つの夜の冒険。
10歳の子どもの
大人と子どものはざまにいる彼らの
どっちつかずで脆くて危うい心が、
この世界のテーマとつながっている。
夜の世界は二極の世界。
善か悪か、白か黒か、どちらかしかなくて、
両者は絶対に相いれない。
同じ場所には存在し得ない。
そのゆがんだ世界で、
両極の間で揺れ動く二人が
どうしようもなく悲しくなったり、憤ったり、
優しくなったり、残酷になったりしながら、
夜の世界を救うべく
目の前の冒険に立ち向かっていく。
大好きな人を、同時に憎んでしまう。
大切なものだけを守れればいいとは思えない。
どうでもいいものをどうしても見捨てられない。
そうしなければ自分が負けるとわかっていても、
相手にとどめを刺すことができない。
どうにもこうにも処理のできない
持て余してしまう気持ちが
二人の子どもの中にはたくさんあって、
だからいつも迷うし、いつも怖いし、
いつも弱い。
だけど二人は、負けない。
絶望の淵にいても
なぜかそこから立ち上がることができる。
不思議な力が二人を助ける。
"なぜさよと仄田くんは、
光と影を消し去ってしまわなかったのだろう。
いやだったのだ。
さよも、仄田くんも。
ただ、いやだったのだ。
体が、心が、どうにもそれをはねつけたのだ。"
読んでいる間ずっと
「情」という言葉が頭にあった。
二人が弱いものを見捨てられないのは、
倒すべきものにとどめをさせないのは、
もちろん道徳的な観念からではないし、
かといって
心からあふれる優しさとも違うような気がした。
「優しい」という言葉はすごく雑で、
その一言ですべての善行について
説明できてしまう感じがする。
優しいっていうのは、かなり能動的だ。
さよと仄田くんは、
能動的に
相手に優しくしようと思ったのではない。
本当は相手を消し去りたいのに
どうしても、体が、心が、それを拒否する。
それは「情」と呼ばれるものではないだろうか。
相手を許したいわけじゃない。
親切にしたいわけじゃない。
憎んでいるし、大嫌いだ。
ただ、ほうっておけない。
見過ごせない。
相手が苦しむのを、悲しむのを、見たくない。
その瞬間、自分の置かれた状況を忘れて
相手を思い、憂いてしまう。
そういう心の動きが
主人公の中にいつもあって
それを見ていると、私の中にも
同じような葛藤がいつもあることに気付く。
切り捨てなければならないものを
どうしても切り捨てられなくて
ずるずると引きずってしまう。
そのものの悲しみがわかるから。
そうしていたら
自分も駄目になるとわかっているのに。
親やご先祖のこととかカルマのこととか、さ。
冒険を終えた二人に、
夜と現実の間の世界の猫は言う。
「自分にとって一番大切なものを
救おうとすること、
失うとみんなが困るものを守ること、
それは誰にでもできること。
でも、とるに足りないもの、
失っても誰もたいして困らないものを
守ることは、
ばかなこどもにしかできないことだったわ」
私は、強くあろうと思った。
自分の弱さを全面に出して、
へろへろで情けない自分のままで、
世界に対してあらん限りの慈悲を
まき散らしていきたいと思った。
私はもう大人だ。
ちゃんと自分の足で立てる。
引きずられることなく、
同時に慈悲深くいることが
今ならできると思うんだ。
『七夜物語』上下巻で長いけど、
めちゃくちゃおすすめです。
続編もあるみたいなので、
これから読んでみようと思います。
