みなさんこんにちは。
加賀一葉です。
つづき~。
画家や作家なら遊び心の星を持ってるだろう
というのがあります(笑)。
確かに遊び心の星、特に傷官は
美意識の星、そして表現の星でもあるので
アーティストが持ってそうな雰囲気はあります。
が、あくまでもそれは雰囲気なのです。
有名な画家や音楽家が
みんな傷官を持ってるとか
そんなことはないのです(笑)。
デ・キリコもまた
遊び心の星は一つも持っていません。
彼の成分は
行動力:60%
人脈:30%
自立心:10%
※遊び心と知性の星はありません。
そんなことはないのです(笑)。
デ・キリコもまた
遊び心の星は一つも持っていません。
彼の成分は
行動力:60%
人脈:30%
自立心:10%
※遊び心と知性の星はありません。
人脈の星【正財】は
命式のど真ん中にあって
大きな影響を及ぼしています。
つまり、デ・キリコは
大きな影響を及ぼしています。
つまり、デ・キリコは
人脈の星を持たない私とは違って
人間がちゃんと
人間として見えていた人
なのです。
それなのに
魂を抜いたマネキンのような形で
人間を描いた。
そこが、彼の絵の大切なところなのです。
人を血の通った意思のある人として感じ
人とのつながりを意識して
人との関わりを強く求めていたはずの彼が
あえて人間をマネキンとして描いた。
そこに彼のどんな気持ちがあったのか。
一説には
戦時中の体験が
彼のこの表現を生み出したと言われています。
彼は何かを伝えたくて
必死で描いていたのかもしれない。
不気味なマネキンを
繰り返し繰り返し
たくさんの絵の中に登場させて
そうやって伝えたいことがあった。
あえて人間をマネキンとして描いた。
そこに彼のどんな気持ちがあったのか。
一説には
戦時中の体験が
彼のこの表現を生み出したと言われています。
彼は何かを伝えたくて
必死で描いていたのかもしれない。
不気味なマネキンを
繰り返し繰り返し
たくさんの絵の中に登場させて
そうやって伝えたいことがあった。
人間について。
その在り方について。
それはもはや
伝えたい、なんて柔らかいものではなくて
どうしても人々にわからせなければならない
伝えたい、なんて柔らかいものではなくて
どうしても人々にわからせなければならない
「主張」だったのかもしれない。
彼の命式には【正官】が二つ
そして【偏官】が一つあります。
【正官】は正義の星。
戦争の中で
彼の命式には【正官】が二つ
そして【偏官】が一つあります。
【正官】は正義の星。
戦争の中で
人間の本質をみたデ・キリコは
自分の見たものをどうしても伝えたかった。
人類に知らせなければいけないと思っていた。
人間はどういう生き物なのか
我々はどう生きるべきなのか
自分の見たものをどうしても伝えたかった。
人類に知らせなければいけないと思っていた。
人間はどういう生き物なのか
我々はどう生きるべきなのか
人という生き物への痛烈な批判と
彼の中の断固とした信念とが
この絵の中に詰まっているような気がします。
楽しいから描くのではない。
好きだから描いているのでもない。
そんな個人的な幸せのためではなくて
とにかく見る相手にわからせるための「主張」。
全身全霊での正義の主張。
自分の生きざまの主張。
自分の中の絶対的正義を
この絵の中に詰まっているような気がします。
楽しいから描くのではない。
好きだから描いているのでもない。
そんな個人的な幸せのためではなくて
とにかく見る相手にわからせるための「主張」。
全身全霊での正義の主張。
自分の生きざまの主張。
自分の中の絶対的正義を
世界に主張し続けること。
自分の生きざまを世に認めさせること。
わかってほしい。
その思いが彼の原動力であり
生きる意味だったのかもしれないと思うのです。
デ・キリコ展のはじめに
彼の残した言葉が展示されていました。
風変わりで色とりどりの玩具いっぱいの
奇妙な巨大ミュージアムを生きるように
世界を生きる
わけのわからないこの世界を
そんな世界を見てしまうこの自分を
どうにかして認めてほしかったのかもしれない。
自分だけに見えるこの目の前の世界を
どうやら人とは違うものが
自分の生きざまを世に認めさせること。
わかってほしい。
その思いが彼の原動力であり
生きる意味だったのかもしれないと思うのです。
デ・キリコ展のはじめに
彼の残した言葉が展示されていました。
風変わりで色とりどりの玩具いっぱいの
奇妙な巨大ミュージアムを生きるように
世界を生きる
わけのわからないこの世界を
そんな世界を見てしまうこの自分を
どうにかして認めてほしかったのかもしれない。
自分だけに見えるこの目の前の世界を
どうやら人とは違うものが
見えているらしい自分を
なんとかして人々に理解させようと
自分の見ているこれこそが
世界の真実なのだと知らせようと
そんな思いで
死ぬまでずっと描き続けたのかもしれない。
自分だけに見えているこの世界を
誰かと共有したかったのかもしれない。
なんとかして人々に理解させようと
自分の見ているこれこそが
世界の真実なのだと知らせようと
そんな思いで
死ぬまでずっと描き続けたのかもしれない。
自分だけに見えているこの世界を
誰かと共有したかったのかもしれない。
わかるよ、と
言ってほしかったのかもしれない。
そんな風に感じました。
そう思うのは
私自身が自分のことを
そんな風に感じました。
そう思うのは
私自身が自分のことを
そんな風に思っているからなのかもしれません。
絵でも本でも
何かの作品に触れる時
結局は、その対象を通して
人は、自分自身を見ているから。
デ・キリコ展。
絵でも本でも
何かの作品に触れる時
結局は、その対象を通して
人は、自分自身を見ているから。
デ・キリコ展。
東京では8月末までやっているそうです。
ご興味があればぜひ、観に行ってみてください。
ご興味があればぜひ、観に行ってみてください。


