梨木香歩さんの
『からくりからくさ』を読みました。
彼女のエッセイを読んでいた流れで。
この小説は
20代の頃にも読んだことがあります。
その時もすごく好きだと思った記憶が
あるけれど、
今回読んで
こんな話だったのか!!とびっくりしました。
昔は、ただこの物語の中の女性たちの
日常をしっかりと丁寧に生きる様に
憧れていた気がする。
そしてその日常の真ん中に
静かにあり続ける
「りかさん」という人形の存在に。
だけどだけど。
あの頃の私は、やはり小娘(笑)だったのです。
今読んだら
当時とは全然違うモノが見えてくる。
見え過ぎてもう、ヤバい。
こんなすごい話だったのかと圧倒されました。
読書というのは、
書き手の能力はもちろんだけど
読み手の読解力もなければ
成り立たないものなんだなぁと
しみじみ思いました。
何かの本を読んでみて
おもしろくなかった、という時、
それは本当に
その本がおもしろくなかったのか、
それとも単に読み手の方に
書き手の意図や世界観を読み取る
スキルがなかっただけなのか。
だから、ネット上の書籍のレビューは
本当に当てにならないというか、
レビューを書いた本人の
読書レベルをさらけ出していて、
なんかすごいな、と思います。
偉そうに批評してるけど、
あなたそれ全然読み取れてないですよ。。。
ということは、ままあります。
そんな話はいいか(  ̄▽ ̄)
とにかく、
二十数年を経て再読したこの小説に
私は本当に感動したのです。
ここからネタバレなので、
これから読む予定のある方は
この先は見ない方がいいかも。
この話は、
主人公の蓉子が
亡くなった祖母の家を
女子学生向けの下宿にするところから
始まります。
蓉子と
同年代の大学や専門学校に通う女の子たち、
そして蓉子が子どもの頃から大切にしている
人形のりかさんの織りなす日常。
若い女の子たちの暮らしだけど、
とても古風な雰囲気のお嬢様たちで、
みな手仕事が好きで、
蓉子は染色を、
下宿生のうちの二人は
織物について学んでいて
機を織ります。
なので、小説の中には
織物についての描写がたくさん出てきます。
私にとって
作品を通して特に印象的だったのは
登場人物の一人、紀久の言葉でした。
彼女はなかなか大変なものを抱えて、
作中では苦悩の絶えない人物なのですが、
それだけに、言葉の重みがすごかった。
生き物のすることは、変容すること、
それしかないのです。
それしか許されず、
おそらくまっすぐにそれを望むしか他に、
道はないのです。
だって、生まれたときから、
すべてこの変容に向けて
体内の全てが
プログラミングされているのだもの。
これは、
旅先で蛾がサナギから出る様子を
偶然目にした紀久が
蓉子たちに宛てた手紙に綴った文章。
人間も、そうなのだと思います。
抗わず流れに乗るしかない。
それは必ずしも、昨今流行りの
「宇宙の流れに乗れば全てうまくいく☆」
みたいなキラキラしたものじゃなくて、
逃れようのない、
どうしたってそうなるしかない
自然の摂理。
そうなるようにできている。
四柱推命のことを思いました。
命式には、その道筋が書いてある。
どうあがいても逃れようのない運命。
そうなるしかない性が
命式にはすべて表されている。
それに対して
どう思おうと、どう行動しようと、
そうなるしかない。
どんなに拒んでも
永遠に青虫やサナギで居続けることは
できない。
それがいいとか悪いとか、
そんなレベルの話ではなくて、
どんな人も
生きている限り
どうしようもなく、そこへ向かっていく。
そういう流れが
この宇宙には確かにあると私も思います。
そこに人間がどんな意味づけをしようとも
全く関係なく。
祝福と同時に呪いでもある。
地獄の淵を歩くような苦吟の想いが
祝福を深くする。
祝福と怨念が、
表裏一枚の織物のように、
互いの色を染めている。
そういうことがありうるのだろうか。
「それはね、その二つは、
同じ一人の人間の中に、
同時に存在しうると思うの」
紀久は静かに言い切るのだった。
ある少女たちに送られた人形。
その着物に描かれた模様について、
祝福なのか呪いなのか、
一同が思いを馳せている場面。
女は、心から愛しながら
同時に同じ強さで憎むことができる。
そういう心の機能が
備わっているのかもしれない。
全ての感情を包含することができるほどの
器を持つのが、
女という生き物なのかもしれない。
祝福も狂気も
くるくると瞬時に入れ替わる。
どちらが本当の自分かなんて
考える必要はない。
どちらも、自分の中から湧き出でる感情。
全部を持っているから、
女は命を産むことができるのかもしれない。
憎めば憎むほど
同じ熱量で愛することができるなら。
どんなに誰かを呪っても
同時に祝福することができるなら。
それは女たちにとって
どんなに救いになるだろう。
そのことを、いつか伝えなければ。
私も、娘に。
そう思いました。
古今東西、
機の織り手がほとんど女だというのは、
それが適性であった以前に、
女にはそういう営みが
必要だったからなのではないでしょうか。
誰にも言えない、
口に出していったら、
世界を破滅させてしまうような、
マグマのような思いを、
とんとんからり、となだめなだめ、
静かな日常に紡いでいくような、
そういう営みが。
ここが、一番好きな文章でした。
男と女というのは
根本的に全く違う生き物で、
女というのはとにかく内面担当。
だから見えない、わかりにくい、
隠されている。
体のつくりがそもそもそうだし。
女が手仕事をするのは
自分の為でもあるのだろうな。
家に籠って、単調な仕事を繰り返す中で
静かに自分の内を見つめる時間が、
女にはどうしたって必要。
私にはノートが機織りの代わりだな。
これからも大切に書いていこうと
思いました。
全体を通して、
「女とは」というのが
テーマのひとつになっていて、
その問いへの梨木さんの答えが
私はとても好きだと思いました。
光を求めて闇を避けるのではなく
果敢に闇に立ち向かい戦うわけでもなく
全ては自分のうちにあるものだと気付き
そっと撫でる。
それはきっと
自分だけでなく
あらゆる人々の生み出した
数えきれないほどの過ちを
すべて赦していく
とても神聖な行為。
そういう在り方を
とても美しく感じました。
どうしたって私たちは
今までの歴史の中で
膨大な業を生み出していて、
それを代々受け渡してきてしまっていて、
それをどこかの代で
ふっと断ち切ることができるとしたら
そういう在り方によってだと思うのです。
なんかもう
壮大すぎてうまく言葉にならないけど、
本当に本当によい小説なので
ぜひぜひ読んでみて下さい。
ちなみに
『からくりからくさ』には
『りかさん』という続編が出ています。
今、読んでます。
これもまた、よい・・・❗️❗️❗️
